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その一喝が、その場にいた群衆の動きをピタリと止めた。
振り返った先には……白衣を風になびかせながら、腕を組んで立つクリスティーの姿がある。
「私の診療所の前で、暴力沙汰なんて許さないわよ! その後、誰が手当すると思っているの!?」
「せ、先生! いや、俺たちはあんたを守るために……」
悪徳商人の用心棒ぐらいしか就職先のなさそうな大男が、たじろぎながら弁明する。
だが、クリスティーにひと睨みされると、途端に黙り込んだ。
「この人が憎たらしいのは事実だけど、暴力に訴えても何の解決にもならないわ。すぐに解散しなさい!」
彼女の言葉には、絶大な効果があった。
人々は蜘蛛の子を散らしたように、散り散りになって行く。
とりあえず、群衆から私刑に遭う、という楽しからざる経験は回避できたようである。
だが、安堵するにはまだ早い。
アルヴィンは警戒を解かずに、女医を見る。
「こんなことで、僕に貸しを作ったつもりか?」
「あなたたちって、ほんと人の善意を素直に受け取らないのね。お礼の一つも言ったらどうなのかしら?」
「君の行動が、善意からとは思えないからだよ。何の裏がある?」
「私は忘れ物を思い出しただけよ。これは、あなたのお仲間の物でしょ?」
クリスティーは白衣のポケットから何かを取り出すと、差し出した。掌に収まるほどの、小さな紙袋だ。
中身をちらりと見て、アルヴィンは顔色を変えた。
「これを、どこで?」
「シュベールノの広場よ」
それが彼女の言う善意の延長線上にあるものなのか、仕組まれた罠なのか。
アルヴィンは咄嗟に判断に迷った。
そこに畳み掛けるように、彼女は微笑みを浮かべて言ったのだった。
「分かったでしょ? ここでは、あなたたちの方こそが悪なのよ。もう二度と来ないことね」
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