143人が本棚に入れています
本棚に追加
「模擬弾なんだよ」
「なんですって?」
「僕は審問官見習いだ。見習いに、実弾は支給されない。模擬弾じゃ、至近距離でなければ、致命傷を与えるのは難しい」
「人には噓をつくなって言うくせに、自分はつくのね」
「噓じゃないさ。見習いかって、君は聞かなかっただろう?」
子供じみた言い訳をしながら、アルヴィンは考えを巡らせた。
濃密な黒煙が周囲を取り囲んでいた。
視界は奪われ、クリスティーは負傷し、相手はどこにいるか分からない。
状況は、完全にウルバノに支配されていた。
このままでは、追い詰められるのは時間の問題だろう──
「協力しましょう」
意外すぎる言葉とともに、クリスティーは顔を近づけた。
「あいつは相当な手練れよ。私たちが別々に戦っても、殺されるだけだわ」
「審問官と魔女が手を組むなんて、あり得ない。僕たちは敵同士だ」
「その敵を、私は二回も助けたわよ。恩に着せるつもりはないけど、少しくらい信用してくれてもいいんじゃないかしら?」
彼女は真剣な光を碧い瞳にたたえた。
「初めて会ったとき、魔女の本質は悪だって言ったわね? でも、それは違う。少なくとも私は、人と魔女が共存できる社会を作りたいと思っている。それは、審問官アーロンの願いでもあったのよ」
「── どうして父の名を知っている?」
アルヴィンは顔に、驚きの表情を宿した。
彼女の口にした名は紛れもない、父の名だ。
「今はお互いの立場は置いて、一時休戦としましょう。私たちが力を合わせれば、この事態を切り抜けられるわ」
そう言って、クリスティーは白い優美な手を差し出した。
聞きたいことは山ほどある……が、それを状況が許さない。
二人で乗り切る以外、選択肢がないことは明白だった。
「ウルバノを倒す間だけだ!」
差し出された手を、握手せずにはたく。
「決まりね」
満足そうに笑うと、クリスティーは声をひそめた。
最初のコメントを投稿しよう!