第2話 火の魔女事件

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 二人は足を止めた。   ようやく目的地に着いたのだ。  最後に事件の起きた現場、シュベールノの広場だ。  そこは、石畳の広い広場だった。  普段であれば市民の(いこ)いの場なのだろうが、今は人影もまばらだ。  数日前にあった惨劇を思えば、無理からぬことだろう。  広場の名前は、ここにかつて、審問官シュベールノの銅像があったことに由来する。  彼は、生涯に五百人以上の魔女を駆逐したと言われる、暗黒時代を代表する審問官だ。  そして教会法により、審問官の権限を厳格に規制するきっかけを作った人物でもある。  つまり── 彼の裁いた魔女の多くは、えん罪だったのである。  シュベールノは、偏執狂(へんしゅうきょう)とでも言うべき、正義感を持った男だった。  魔女として密告のあった者を有罪とするために、手段を選ばなかった。  拷問、証拠のねつ造、尋問記録の改竄(かいざん)、あらゆる手を駆使して、魔女を裁いた。  正義を行使することに、いささかのためらいもなかった。  シュベールノにとって不慮(ふりょ)があったとすれば、それは最期(さいご)に裁いた魔女が、”魔女”だった、ということか。  彼は逆に火あぶりにされ、殉教したと伝えられる。  その死後十数年を経て、違法な審問の実態が明るみに出たことで、銅像は撤去された。  そして多数の無実の者を裁いた反省から、審問官の行動には多くの制限が課せられるようになったのである。  今日、審問官に認められている特権は、審問と銃の携帯の二つだけだ。 「一概に、シュベールノが悪だと評価されたわけではないさ。悪辣な魔女と戦うには、彼の時代のような強い権限が必要なことも事実だ」  苦々しげに話すウルバノの声を聞き流しながら、アルヴィンは地面に跪くと石畳に触れた。  「最後の犯行は、何日前です?」  清掃はされていたが、生々しい焼け跡は消えず、手にはざらりとした感覚が残る。 「三日前だ」   ウルバノの声に、アルヴィンは黙って頷く。  しばらくの間現場を観察し、妙な違和感を覚えて首をかしげた。 「ここが現場ですか?」 「……ああ、そうだが。どうかしたか?」 「いえ」  アルヴィンは立ち上がると、祭服についた埃を払った。 「すみません、もう一カ所だけ案内して欲しいところがあるんですが」 「それは構わないが。どこに行くつもりだ?」 「火の魔女の元です」
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