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真っ暗な教室に急に差し込んだ廊下からの光に目を細めながら、引き戸の向こうに立つ人物を見る。
「えっ……?」
一番最初に目に映ったのは、明るく光る淡いオレンジ色の綺麗な髪。
「…化学室に忘れ物しちゃって、準備室に鍵をもらいに来たんですけど」
声変わりで耳心地よい低音になった甘い声。
もしかしたら幻覚かもしれない、と思わず瞬きを繰り返した。
先生はいつの間にか押さえつけるようにしていた手を解放していて、呆然と扉の方を見ていた。
「藤田先生、何してたんですか?」
そう言ってにこっと微笑んだ。
どうして、どうしてここにいるの。
「Aクラスの雪代君!これは違うんだ、立花の具合が良くないようで様子を見…」
「こんな暗い部屋でですか?触っていたようですが合意の上で?俺には嫌がっているように見えたんですけど」
「そ、それは…」
混乱して、ふたりが何を話しているのか頭に全く入ってこない。先生はやけに慌てているようで、俺からすぐに距離を取ったみたいだ。
流れかけていた涙もいつの間にか引っ込んでいた。
もう先生の方に全く意識が向かなかった。
まさか二日連続でこんなに近い距離で声を聞けるなんて。
「とりあえず、具合が悪いのは確かなようなので俺が保健室に連れていきます。こんな薄暗くて寒いところにいたら余計酷くなる」
その言葉にふわふわしていた意識がはっきりして、びくっと身体が反応した。
「昼休みももう終わるし、先生は授業に行ってください」
「いや、他のクラスの生徒に任せられない。担任の俺が…」
「まだ、何かありますか?」
ずっと微笑んでいるのに、まるでもう用済みと言っているような冷たい声色で言う。
その笑顔からも全く温かみが感じられない。
ぐっと顔をしかめた先生を押しのけてすぐ近くに来てくれる。
現実味がなくてぼんやりと状況を目で追っていたけど、やっと目の前で起こっている事実を受け入れられた。
目の前にいるのは紛れもなく…
「茜、歩ける?」
その一言に、止まりかけていた涙が一筋零れ落ちた。
名前、久しぶりに呼んでくれた。
視界が滲んで前がよく見えない中、琥珀が差し伸べてくれた手をなんとかぎゅっと掴んで呆然と佇んでいた先生を残して準備室を後にした。
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