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「さすがだなぁ。女子への対応とかプロだわ」
「そ……、だね…」
俺たちは立ち止まって琥珀の方を見ていた。
颯太が感心したように呟いていたけど、内容が全く頭に入ってこない。
琥珀は基本的に朝一で仕事を終わらせているようで、午前授業の途中から学校に来ることが多いから、こうやって朝遭遇すること自体がとても珍しい。
珍しいから、戸惑ってしまう。
「お、こっち来るじゃん!おーい雪代ー!」
「ちょっ!?」
周りに女子がたくさんいて俺たちが視界に入ることはないと思っていたのに、颯太が突然琥珀の名前を大きい声で呼んだ。
その声に気づいた琥珀は、囲まれていた女子達に友達が呼んでるからごめんね、と声をかけて、こっちに向かってくる。
ドクドクと心臓の音がうるさい。
どうしよう、どうしようと内心慌てているうちに、近距離まで来てしまった。
「白石くんおはよう。それとありがとう、助かったよ」
「おはよ!いやー全然!モテすぎんのも大変だよな」
駆け寄ってきた琥珀は颯太にお礼を言って、優しく微笑んだ。
2人が仲良さげに会話をしている。俺の知らないところで接点があったようで、予想外の出来事に驚いた。
こんなに近くで琥珀の顔を見るのは、本当に久しぶりだった。
うれしい。とてもうれしい。でも、これ以上は。
2人の方を見つめながら、立ちすくんでいた。
「てかあんな囲まれててよく俺の声に気づいたよな〜」
「白石くんの声はいい意味で特徴的だし、よく響くからね」
「え、まじ!?そっかー!茜もそう思う?」
急に会話を振られてビクッと体が動いた。
きっと会話に入れていない俺を気遣ってかけてくれた言葉なんだろうけど、緊張で冷や汗が止まらず、僅かに頷くことしかできない。
その時、一瞬だけ俺に目を向けた琥珀が、凍りつくような冷たい視線を送っていたのに気づいてしまった。
すぐ視線を逸らされて、琥珀は再び颯太の方にいつもの笑顔を向けた。
「白石くん、そろそろ行くね。さっきは本当にありがとう」
「いえいえ〜これくらいならまたいつでも頼ってくれ!」
「うん、また今度お願いしようかな」
笑ってそう言い、颯太に手を振った琥珀は、校舎の中へ入っていった。
俺に対して、挨拶をしたり名前を呼ぶことは一度もなく、その優しい笑顔も決して向けてはくれなかった。
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