*16 ひらけ始めた道

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「快人と光輝は?」  淡路に考えを聞かれ、俺は一瞬考えこむ。  ずっと憧れていた世界の入り口に立てるかもしれないチャンスが、ようやく巡ってきた気がしたし、これは淡路が言うように今回を逃したら次があるかはわからない。  だけど同時に、声をかけられたライブは光輝が加わって最初のライブで、まだこれからバンドがどうなっていくかわからない。未完成で発達途上とも言えるし、もしかしたらある意味完成形なのかもしれない。  前者であれば伸びしろがあるし、後者ならより磨いていく必要があると言えるだろう。どっちにしても、俺には今回の話を断る選択肢はなかった。 「業界のプロに見てもらえるかもしれないってことだろ? 俺も、チャンスだと思う。」 「そっか……光輝は、どう思う?」 「俺は……」  加入して間もない段階で、バンドがまた大きく変わっていくかもしれない。しかも光輝はまだ学生で、技術だって知識だってこの先もっと伸びていくだろう。だから俺は、光輝に首を縦に振って欲しいと思ったし、それはきっと淡路と張本も同じだったと思う。  六つの目が光輝を見つめ、彼が発する言葉を待ち構えていた。 「俺は、良いと思います」  しばらくの沈黙が騒めくファミレスの中で異質のように漂っていたのを、光輝の言葉が破った。  名刺を凝視していた光輝は顔をあげて俺らの方を向き直り、あのシベリアンハスキーのような静かな瞳でさらに言葉を続ける。 「セラータにとって、最高で最大のチャンスだと思います。俺はまだ加入して日が浅いけど、それでも、セラータでデビューしたい気持ちはすごいあるんで……だから、育成してもらいたいです」  確かに光輝はセラータに加入して日が浅いかもしれない。でも、セラータの音楽をもう既に何年もやってきたかのように習得し、物にしようとしていることを俺が一番知っている。家にいるとき、暇さえあれば光輝がセラータの音源を聞きながら練習しているのを見ているからだ。  懸命に旋律を追ってなぞり奏でる横顔は、夢の中で見たオルゴーに重なるところもあるが、オルゴーよりも凛々しく、何より生命力にあふれていた。  弦を弾きメロディを奏でる指先を見つめていると、自然と俺も歌いだしていることもあって、いつの間にかセッションが始まっていることもしばしばだ。その瞬間が、最近俺は楽しくて嬉しくて仕方ない。 そんな瞬間を、この先もこいつとステージでつむぎ続けて行けたらいいのに――無意識下でそんなことを考えていて、そして我に返って戸惑いを覚える。 (なんかまるで、俺が光輝に惚れているみたいじゃないか……そりゃ、俺はこいつのギターで唄うのは気持ちが良いとは思っているけど……でも、だからって……)  戸惑う俺の気持ちなんて知る由もない光輝は、「それに、」と更に言葉を続ける。 「それに、俺はもっと快人さんの歌声を色んな人に聴いて欲しい。その傍で演奏できるなら、なんだってします」  まるで、俺を命の代えてでも守る、と誓った時のような口調でそう宣言する光輝の顔を見ると、その横顔は精悍(せいかん)としていて偽りも濁りもなかった。  なんでまたそうやって、簡単にそんな大事なことを言うんだよ、と言いかける俺の方を振り返り、光輝はヒマワリのように大きく笑いかけてくる。  俺はそれに、促されるようにうなずくしかできない。何故なら俺は、その笑みに中てられるとひた隠しにしたい気持ちが、みんなの前で暴かれるような気になってしまうからだ。  本音を暴かれるような恥ずかしさを覚え、慌てて顔を淡路たちの方に向けると、彼らもまた俺の方に笑いかけている。 「そうだな、俺らの演奏で、快人の歌声を世の中に届けるのがセラータの音楽だからな。より世の中に広めて聴いてもらうためにも、この話を受けよう」 「そんな、俺のためみたいな言い方するなよ……恥ずかしい……」 「いいじゃん、セラータのボーカルは快人しかいないってことなだからさ」  急に持ち上げられるようなことを言われ、居心地の悪さを感じる俺に、張本が追い打ちをかけるようなことを言って笑う。  淡路も光輝も同意するように笑うもんだから、俺だけがへそを曲げているのもバカらしくなって苦笑してしまった。  こうしてセラータはメジャーデビューを目指し、音楽事務所の育成プログラムを受けることになった。
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