*2 夢の中の忠告と末路を知る自分

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*2 夢の中の忠告と末路を知る自分

 どうやら、また俺は夢を見ているようだ。  昨夜売りをやったから見るだろうとは思っていたけれど、いつも見るあの痛くてツラい、今わの際のシーンではなく、どこか洋風の幕のようなものを張り巡らしたベッドの上で誰かと話し込んでいる。  今回は死にそうなところではなく、何やら客と飲み交わしているところのようだ。 「ああ、今夜も美しいねぇ、僕のシデーリオ。さ、もう一度口付けをしておくれよ」  シデーリオの細い肩を抱き、酒のせいだけでなく薔薇(ばら)色に染まっている頬にねっとりとした唇を寄せてくる目の垂れた泣きボクロ中年の男は、どうやらシデーリオの馴染みの客のようだ。その割に、シデーリオはあまり嬉しそうではない。  キスを迫られたシデーリオは、彼から見えない角度で顔を引きつらせつつも、「ええ、ジェロ様」と愛想よく微笑んで口付けを軽くして応える。  ついばむような口づけにジェロと呼ばれたその酔っ払いの男は一瞬とろりとした顔をしたが、すぐに不満そうに唇を尖らせた。 「んもぅ、そういう子ども騙しじゃなくってさぁ……ねぇ、ほらもっといやらしいやつ、出来るでしょ?」 「え、あ、でも、ジェロ様、今夜はお手持ちがないって……」  店ではある一定以上の行為をするにはそれなりの金額を出さないといけないらしいのだが、ジェロはそのルールを無視してシデーリオに手を出そうとしている。娼館なので身に着けている衣装は露出の多いものではあるものの、露わになっている肌に触れるためには金が要る。ここはそういう世界だ。 「いいじゃない、シデーリオ。僕と君の仲なんだから……今度上等のワインを持ってくるからさ、それでいいだろ?」 「いえ、そういう酒とか物とかでウチはお支払いいただけないんで……」  ボタンの少ない薄いシャツの隙間からジェロは断りも遠慮もなく手を突っ込み、シデーリオの胸元をいじろうとする。シデーリオはするりと身をかわしてはいるものの、ジェロの手は執拗に追ってくる。  近づく、かわす、近づく……を繰り返している内にジェロの方が()れたのか、急にシデーリオの手首をつかみ、そのままベッドへ押し倒した。 「焦らして僕の気を惹こうとしてるの? そういうのも嫌いじゃないけど……いまはそういう気分じゃないんだよねぇ」  不気味に歪んだジェロの笑みに、夢を見ているはずの俺まで背筋がぞっとする。喰われる小動物でさえこんな不気味なものを見ることはないだろう。  シデーリオは男娼で、ジェロのような客も相手にする者だろうが、それを差し引いてもこいつの執拗な態度は異様だった。  本能的な危機を感じ、思わず叫びそうになって目をつぶったその時、覆い被さっていた影が取り払われるのを感じた。  恐る恐る眼を開けると――ジェロが褐色の肌でガタイの良い青年、オルゴーに首根っこをつかまれて引きずり降ろされている姿が目に飛び込んでくる。 「お時間です、ジェロ様」 「は、放せこの小間使いが! お前なんかが僕のようなものに気安くこんな扱いをしていいと思っているのか?! 僕は客だぞ?!」 「お時間と代金を守っていただくのはここの大原則です。たとえ、王侯貴族であっても、それは変わりません」  床に転がされて喚き立てるジェロに、オルゴーは冷ややかながらも鋭いにらみを利かせて言い捨て、またもやひょいとジェロを摘まみ上げた。 「放せ! 無礼な小僧! こんな扱い、絶対許さないからな!!」 「お引き取り願います。またのお越しをお待ちしております」  部屋の外に放り出されたジェロの罵倒にも顔色一つ変えずオルゴーはそう言い放ち、ドアを閉めた。扉をジェロはしつこく暫く叩いていたが、やがて他の従業員にも見つかったのか、喚き声が遠くなっていった。  そうして、また辺りは娼館特有のしっとりとした静けさに包まれ始める。静けさの中に、シデーリオとオルゴーは二人きりだけれど、そこに甘い空気はない。  沈黙を破ったのは、大きなオルゴーの溜め息だった。
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