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*25 ようやく告げあった想い
翌日の昼頃に俺は退院させられたけれど、当然光輝はまだ入院したままで会うことも叶わなかった。
ライブが、十二月二十九日の夜から三十日の未明にかけて行われたこともあって、光輝はそのまま病院で年を越すことになるらしい。
光輝のケガの入院が年末年始を挟んだことと、重傷だったこともあって、俺が見舞いに行けたのは年明けの連休を経た水曜日の昼間だった。
「快人さん! 来てくれたんですね」
病室へ行くとそこは四人部屋で、快人は窓際の陽当たりの良いベッドに半身を起こしていた。腕には何かの点滴をしていて、病院着の下からは痛々しい包帯なんかが垣間見え、俺は胸がずきりと音を立てて痛む。
「もう起きていいんだな」
「まあ、こうやって起き上がるだけならですね、まだ」
「傷、思ったよりひどくなかったんだって?」
セラータのメッセージアプリのグループには、光輝がこうやって起き上がれるようになってきた頃から、割と頻繁に報告が入っていて、会えなかった間も光輝の容体がどんな感じであったのかが、結構俺らは知ることができた。
だから、光輝のベッドのすぐ脇の丸椅子に腰かけながらそう声かけると、光輝はいつもの淡々とした表情でうなずいた。
「日頃から身体鍛えてたのと、あとまあ、若いからって言われました」
「さすが十代だな」と俺がくすりと笑っていると、光輝は照れくさそうに少しうつむいて頭を掻いている。
光輝が頭に触れる指先は、あの夜は血まみれで真っ赤で、いくつかの小さな切り傷があった気がするが、もうそれらはすっかり治っているようだ。
今日、会えるまでの間ずっと、あの夜の姿のままの光輝しか脳裏になく、俺はあれ以来ろくに夜眠れていない。暗いところにいるとあの鈍く光る刃物の影と赤い血痕、それから血の気がなくなっていく彼の姿を思い出してしまうからだ。
ふと会話が途切れ沈黙が訪れ、二人ともうつむいて自分の手許ばかり見てしまう。言いたい言葉をいっぱい考えていたはずなのに……いざ本人を前にしてしまうと何も出てこない。
だけど、これだけは伝えなくてはと思っている言葉があるので、俺はぎゅっと拳を握りしめて顔をあげ口を開く。
「……ごめんな、俺のせいで、とんでもないことになって……」
笑っていいのか、泣けばいいのかわからない。ただ光輝に対する罪悪感でいっぱいの胸の内を明かすように言葉をつむぐと、自然と視界が揺らぐ。そうしたところで何も変わらないのに。
「まさかホントに、光輝が命がけになるようなことになるなんて、思ってなかった……本当に、なんて詫びればいいのか……」
この先もし、光輝がトラウマか何かを追って、ライブハウスに入れなくなったりステージに立てなくなったり、ケガのせいでギターの演奏に何らかの影響がないとも言えない。そんな“もしも”を想定しては俺の思考が停まってしまう。
視界が揺らいで滴って頬を伝いそうになって、再び俺がうつむいていると、膝の上の手にそっと光輝の手のひらを重ねられた。手はあの日と違ってちゃんとあたたかで、彼が生きているのがはっきりとわかる。
ああ、光輝が生きている……そう実感した途端、耐えていた涙が頬を後から後から伝っていく。
止めようにも止まらない涙に戸惑っていると、まだそんなに動いてはいけないはずなのに、光輝が手を伸ばして俺の頬に触れて拭ってくれた。
「ごめん……光輝、ホントに、ごめん……」
「泣かないで、快人さん。俺、全然後悔してませんから」
「でも光輝、死ぬかと思っただろうし、怖かっただろ?」
後悔はしていないとは言っても、本当に死んでしまうかもしれなかった体験をしたのだから、怖くなかったわけがない。その恐怖がいまも彼の中に残っていないことを祈りながら、俺はそう訊ねた。
泣きながら問うと、光輝は痛みに堪えるような顔をして無理に微笑むような顔をして、少し首を傾げて口をゆっくりと開く。
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