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ミーティングを終えて部屋に帰り着いた時、部屋の前にデカい人影が見えて俺は脚が竦んだ。もしやまた新たなストーカーでも出たのかと思ったからだ。
影は俺の方を見ると小さく頭を下げてきたので、おかしいなと思って目をこらすと、それが見覚えのある静かな目をした大きな犬のような――光輝の姿であることに気づいた。
「なにしてんだよ」
「すみません、いきなり来ちゃって」
「ウチに来るならミーティング顔出せばよかったのに」
そう言いながら俺は鍵を取り出し、光輝に中に入るように促すと彼はまたちょこんと頭を下げ、「お邪魔します」と上がり込む。つい先月まで一緒に住んでいたのに、すっかり他人行儀な感じになっていて、それが少し俺を切ない気持ちにさせる。
こたつ机のところに座るように促し、俺は買い置きのペットボトルのお茶をコップに注いで出す。
「ミーティングに出るかどうか迷ったんですけど、今日は、快人さんとだけ逢いたかったんで」
「なにそれ改まって」
俺が苦笑しながらお茶をひと口飲むと、光輝もまた小さくひっそりと笑う。この前病室で想いと一緒に交わしたものよりぎこちないそれは、さっきの他人行儀さよりも一層俺の胸を締め付ける。
愛していると言い合ったはずなのに、キスだってしたのに……なにか魔法が解けるみたいに、彼の中の俺への想いと言うのがなくなってしまったんだろうか……そんなことさえ頭に過ぎり見つめ合うことも苦しい。
やっぱりあれは、日常にない状態の延長上で起きたイレギュラーで、俺を守ると言う使命を果たしてしまったいまの光輝に、俺への想いはないのかもしれない。そうなれば今日こうして突然訪ねてきたのは、私物の引取とそれに伴う同棲の解消と……別れだろうか。
そんなはずない、俺は光輝と抱き合ってキスもして愛も誓った。そう、声高に言い返したい気持ちは確かにあるのに、ぎこちない雰囲気がその足許を揺らがせる。
悶々とそう考えこんでいると、「快人さん、」と、光輝が改まった様子で俺を呼んだ。
顔をあげると、真剣な眼差しを俺に向けている光輝の目にかち合う。怖いくらいに真っすぐ目に俺は怯みそうになる。
「……なに?」
どうにか曖昧だけれども笑って返すと、正座をしていた光輝がずいっと一歩俺の方へにじり寄ってきてフロアマットを敷いた床に手をついてこう言ってきた。
「快人さんを、抱きしめても、いいですか?」
思ってもいなかった言葉に俺が言葉を失って見つめ返すと、たちまちに光輝は耳の端まで赤く染め上げてうつむく。
てっきり置いていったものを引取るとか、もうこの部屋には来ないとか、そう切り出されるのかなんて思い込んでいた俺は、真逆の感情の言葉に小さくうなずくしかできなかった。
俺が頷いたのを確かめた光輝は、あのヒマワリの笑みを浮かべつつ、おもむろに俺のそばにひざ立ちで歩み寄り、やがてそっと包み込むように俺を抱きしめてきた。
「光輝……?」
「……ずっと、逢いたかった……退院してからずっと、快人さんにこうすることばかり考えてた……」
恐る恐る俺が広く大きな背中に腕を回すと、俺の背を包んでいた腕の力が強くなり抱き寄せられる。
耳が光輝の胸元の辺りに宛がわれたことで、彼の鼓動が微かに聞こえる。ああ、光輝が生きていま俺を抱きしめている……それが直に感じられ、俺の琴線に触れて更に涙腺を刺激していく。
あたたかな鼓動が鼓膜を揺らし、頬に耳に彼の体温を服地越しに感じられ、俺は涙があふれて止まらない。焦がれていたぬくもりが、いま、ここある。
「俺も、会いたかった……光輝、ずっとそばにいてよ。まだこれからも、一緒に暮らしてよ」
涙のにじんだ声でワガママを言う子どものような俺を、光輝は更に抱きしめながら囁くように答える。
「もちろんです、ずっと、快人さんと共に生きます。どこでも一緒です」
抱擁をほどいて見つめ合うと光輝は大きく開いた夏の花のように微笑んでいて、そっとやさしく俺の唇に触れた。
「愛してます、快人さん」
「愛してるよ、光輝。――だから、俺のすべてを受け取ってよ」
ヒマワリの花が赤く染まるように光輝の頬が上気し、再び俺にキスをする。それは激しく獰猛さを隠さない口付けで、俺を骨の髄まで食べてしまいそうだ。
「もちろんです、すべて、俺に下さい」
囁かれた言葉ごとの食み合うように口付け俺らは互いの服を脱がし始めた。
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