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*エピローグ
モニターには数え切れないほどの人が映し出され、その顔はどれもステージを期待のこもった目で見つめている。
圧さえ感じる画面越しの眼差しに気圧されそうになりつつも、俺は深く息を摺って入って気持ちを落ち着かせようとする。
「そろそろ本番です」
スタッフから声をかけられ、俺らは銘々の衣装を身に着けた姿で楽屋を後にしていく。
この黒い幕の向こうには俺らが焦がれていたステージが開けていて、俺らを待っているお客さん達がいる……これまでと同じようで全く違う状況に、おそれにも似た感情を覚える。
もう一度深く息を吸おうとしたその時、ぽんと肩を叩かれた。
振り返ると、あのヒマワリの笑みが俺を見つめている。
「快人さん、大丈夫、俺がいるから」
光輝の言葉に俺は予約心からの笑顔になれ、力強くうなずくことができた。
ここに来るまでの決して平たんではなかった道程を想うと、随分と遠くまで来たような気もする。でもその傍らに彼が加わったことでツラさを感じなくなったのも事実だ。
互いの想いを確かめるように見つめ合っていると、割って入るように淡路が声をかけてくる。
「はいはい、イチャつくのはライブ終わってからにしてくれよー」
「イチャついてなんかねーよ!」
言い返しつつも強く言えないのは図星だったからで、俺と光輝はまた目を合わせてこっそりと笑う。
やがて淡路の声掛けで四人円陣を組むためにそれぞれの右手を差し出す。触れ合い重なり合う手のぬくもりが、いまが夢ではないことを教えてくれる。
「いいか、ここからがスタートだ。突っ走っていくぞ」
淡路の声に応えるように声を上げ、ぐっと重ねていた手を下に押すように弾ませてその手の高く掲げる。ライブ前にセラータのメンバーでいつもやって来たゲン担ぎだ。
ステージへの袖の幕が上げられ、張本、淡路と順にステージへと向かう。途端に歓声が沸き上がるのが聞こえ、俺はぐっと拳を握りしめる。
「快人さん」
「光輝」
ステージへと踏み出す一瞬の狭間に、俺らはどちらからともなく名前を呼び合い、触れるか触れないかの口付けを交わす。誰も気づけないほどの一瞬の、俺らだけのゲン担ぎだ。
「行くぞ」
俺の声に光輝がうなずき、ふたり揃ってステージへと向かう。歓声は一層高まり、会場はいよいよヒートアップしていく。
暗転しているステージ上で最終調整をし、そして四人互いにアイコンタクトを取り合って張本へ合図を送る。
張本のカウントが始まり、俺はスタンドマイクの前に少しうつむき気味に立って構えながら、光輝のギターが第一音を奏でるのを待つ。
そして次の瞬間、俺らの新たなステージの始まりとなる幕が上がった。
(終)
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