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「そうじゃのう、まずはお前の好きな子のことでも教えてもらおうかの」
「そんなのいない」
「嘘じゃなあぁ」
「どうして分かるんだよ」
「お前、気付いてないな? 相手が脅威でないと分かると、気配の隠し方が雑になっているぞ」
千隼は顔を引き締めた。
「……仮にいても言わないさ。好きだとか恋だとか、そんなのくだらない話だろう」
「ほう、そうかのー? 私はそうは思わんぞ。人間らしいではないか、くだらぬことに一喜一憂してみるのは」
「なんだそれ……」
「のう、千隼。私は長く生きている。ここらが昔、ただの山だった頃からな。人間の暮らしも途方のない年月見てきたわけじゃ。
そして今は、いっときの油断からここに封印されてしまった。それからは、ここでお前が小さい頃から何をしてきたのか、されてきたのか。それはよく知っておるぞ」
「僕の小さい頃から、勝手に人のこと見てたのか。覗きだな」
「失敬な奴じゃの。言い方」
「事実じゃん」
「ぬ……ともあれ、お前たち人間の子は普通、そんなふうに無感情な顔はしないし、もっとふざけてるはずだ。怪異どもを相手をすることになったら、もっとつまらない奴になってしまうぞ。きっとその時は、こんな仏頂面で、絶対に威張り腐っておるだろう」
顔をむすっとさせて見せるが、目つきがわからないからか、あまりそれらしくはなかった。拗ねた吸血鬼、のような見た目だ。
「別に僕は、それも受け入れるだけさ」
「なにも、社会に迎合して楽しめだなんて言っているわけではない。仲間と戯れるだけが人生ではないからのう。
ただ、楽しいことをせんと誰しもが損じゃろ。何のために生きているのかと問われ、つまらない時間を過ごすためと答える奴がおるか?
何か一つ、好きなこととか夢中になれるものとか、そういうのが、千隼……お前にはあるか」
「そんなもの、必要ない。僕は与えられた運命を受け入れるだけの器なんだよ」
「まぁそう言うじゃろと思っておったけどな。
ならこうしよう、あと三年じゃ。それまでに好きなものを見つけろ。そしたら、私のとっておきの力をお前に譲ってやる。もし見つけられなかったら、その時は全力でお前を殺してやろう」
「なんで勝手に決めんだよ」
「いいじゃろ、理不尽を受け入れてきたお前じゃ。これくらい受け入れい」
「なんか腹立つ……でもわかったよ、見つけたら絶対にだぞ、約束できるのか?」
「そんなに父を超えたいか。よかろう、二言は無い――」
それからというもの家人には悟られぬように用心して、小一時間くらいの他愛無いやり取りを、週一ほどで続けていくこととなった。声の聞こえた日には蔵に入り、オウカと話をする。そして、いつもの日常に戻るといった具合で。
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