カップケーキ

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 「二人だけの秘密ね?」  雪がいたずらな笑顔を私に浮かべながら、私が仕込んだ毒入りカップケーキにかじりついた。  何度か咀嚼すると、苦しんで雪は倒れた。  なんでお前が食うんだ…  私は目の前で起きた、予定外の殺人に唖然とした。  今日は、憎き相手である美沙を殺害する予定だったのだ。美沙の大好物であり、私の彼氏であった幸一を取った時に美沙が手渡した、カップケーキで。  なのに、なのに…  雪が食べるまでは順調だった。大学生の仲良し会とか何とか名前を付けて、美沙を含むサークルのメンバーを招集した。それぞれ食べ物を一品持ち寄って、馬鹿騒ぎしようと言うと、美沙を含む全員が喜んで参加すると言ってくれた。  雪は絶対にカップケーキを持ってくると見込んだ。大好物というのもあるが、女子力を見せつけるのにはちょうど良い一品だからである。  そこで、だ。  美沙の作るカップケーキの見た目を私は知っている。なので、模倣したカップケーキを作り、誰が犯人なのか錯乱させる計画を立てることが可能ということだ。  私は必死で美沙のカップケーキを真似して作った。予備と合わせてピンクの紙に包まれたカップケーキを二個作り、どこに隠しておくのがベストか思考を巡らせていると、インターホンが鳴った。  「よっ!悪いね、早く来ちゃって」  ドアを開けると、そこには招待していた雪がが片手で挨拶をして立っていた。  「ど、どうしたの?こんなに早く来て…」 「いや、皆で持ち寄って食べるって言うからさ、みんな何持ってくるのかな〜?と思って、楽しみになっちゃって…それで、もし食べ残ちゃったらさぁ…勿体ないじゃん?だから、お腹空かせてこなきゃ、と思って昼ご飯抜かしたのね?」  グダグダと喋りながら雪がリビングへと上がってくる。要約すると、昼を抜かしてここでお腹をいっぱいにする算段というワケであった。  雪は昔からこのように、食い物にガメつい。  「あ、これ。私からの一品ね?」 「ありがと〜…」  スケスケのビニール袋から、名の通っていない、とにかく安い大容量パック煎餅が透けて見える。雪の自分は安く済ませて、得して帰ろうとする浅はかな考えも、透けて見える。  リビングに入るなり、私が用意していたクラッカーや生ハムのオツマミ類を、瞳いっぱいに写し込む雪。生ハムの油が雪の瞳を輝かせた。 「えぇ〜!?美味しそうなんですけど!」 「あ、ありがとう…でも、みんなが来るまでは食べちゃだめだよ?」 「えぇ〜…?」  雪が明らかに不機嫌そうな声を上げる。我慢出来ないからか、ふくよかな人差し指を口元へ…と、その時。雪の目に、この部屋にいる人数分…そう、私と雪の分しかないカップケーキを捉えた。食べても、言い訳できそうな食べ物を見つけたのだ。  獲物を捉えた雪の行動は早かった。私が振り向いた時には、もうカップケーキを唇に押し付けていた。  私と視線が合うと、いたずらな笑顔を浮かべて「二人だけの秘密ね?」と、勝手にカップケーキのつまみ食いの共犯に私を仕立て上げたのだった。  しかし、共犯にはならなかった。  なぜなら、それは毒入りのカップケーキだからだ。  共犯になれたらどれだけよかったか。勝手に一人で殺人犯にされてしまった。  あぁ、どうしよう。この状況で亡くなられるのは、もう私が犯人ですと言っているようなものだ。  雪は食べたかったカップケーキを捉えられたが、私は違う。獲物じゃないのが引っ掛かったのだ。  せめて、せめて捕まるなら。ターゲットの美沙を殺してからだ。ならば、ひとまず雪の死体を隠さなければ。そう思っていると、インターホンが鳴った。  モニターには、招待した全員が笑顔で映り込んでいた。そこには憎き相手である美沙も。  「は、はーい」と返事をしたものの、ひとまず雪を隠さないとまずい。どうしようと周りを見渡すが、安アパートにそんな立派な隠し場所は無い。扉付きなのは、トイレか冷蔵庫くらいだ。消極法でトイレしか無かったため、トイレに引っ張って雪を隠した。隠している間、「おーい?」と外から掛け声がやかましく聞こえてきた。あぁ、ほんとにうるさい。どうして、どうしてこんなことに。  「い、いらっしゃい」 「どうしたの?なんかあった?」 ドアを開けて、招待客を出迎えたが、中々出てこなかったので心配されてしまった。  心配していたところで、これからお前らは殺人現場に強制的に居合わせることになるのだから、無駄な心配なんだと、ストレスを募らせた。  それぞれ手土産を持って部屋に上がってくる。美沙は水色の水玉模様が可愛らしい紙袋を持っていた。  「ね、ねぇ…美沙、それ、カップケーキ…?」  美沙の紙袋を指さして聞くと、美沙はキョトンとしたあと、あどけない笑顔を見せた。 「すごい、よくわかったね?人数分作ってきたの。あれ、そういえば雪は?」  ドキリ。心臓が嫌な脈を打つ。不整脈によりいきなり足を止めてしまった。すると、美沙か私にぶつかり、手に持っていたカップケーキが入った袋をひっくり返してしまった。  オシャレを気取った簡易的なビニールの包は全く役に立たず、床に直でカップケーキが転がって行く。水色とピンクの紙で包まれたカップケーキが、楽しそうに床を跳ねる。  みんなが慌ててカップケーキを拾いに群がる。その際、誰かがテーブルにぶつかって、テーブルの上に乗っかっていた毒入りカップケーキが、美沙の手作りカップケーキに参入してしまった。  私だけが混ざった、という事実に気がついたが、何しろ模倣したカップケーキ。誰も一つ増えたことに気がつかない。  私は美沙が一つ、ピンクの紙に包まれたカップケーキを拾い上げたのを見て、ゴクリとツバを飲み込んだ。  みんながそれぞれ一つ、私と美沙は二つカップケーキを拾い上げた。  「ね、これ。今食っちゃおうぜ」  誰かが言った。 「…は?」 「三秒ルール、三秒ルール!酒代わりにカップケーキで乾杯しようぜ!」 「いいね、それ」  話が進んでいき、勝手にカップケーキ乾杯が始まろうとしていた。乾杯どころではない。これは死のロシアンルーレットだ。 「それでは、我々の友情に〜?乾杯ー!」  知らない間に誰かが声掛けをした。  どうして。ここは私の部屋で、この会を開いたのは、私なのに。  どうして、どうして…  皆が美味しそうにカップケーキを頬張る。  美沙も、カップケーキを口に含んだ。  私だけ、サウナ部屋にいるかのように汗をダラダラと流している。  ここにいる誰かが死ぬ。いや、死ななければ私が持っているこの二つの内一つが…  「うっ!」  そう思っていた時、美沙が苦しみの声を上げた。  やった!私、なんてついてるの!美沙に毒入りが当たったんだ!やった!    「あはは、やっ…うっ…」  …は?  口から溢れる汁を手で受け止める。真っ赤な血だった。  なに?なに?どういうこと?  だって、美沙も今、泡を吹いて倒れているじゃない。毒入りは二つのハズ…    ガチャリ。  トイレのドアが開いた。  トイレから、飄々とした顔で雪が出てきた。  雪以外のメンバーは、倒れ込む私と雪に驚いてワーワーと騒いでいた。  あぁ、うるさい、うるさい。どうしてこうなったか、考えられないじゃない。  雪が心配そうな顔を急に浮かべると、床に倒れて動けない私のそばに駆け寄ってきた。  「どうしたの!?大丈夫!?誰か、救急車呼んで!」  周りのメンバーは、どうしよう、どうしようと狼狽えるばかり。  騒ぐオーディエンスがちょうどいいとばかりに、雪が私の耳にニヤつく口を寄せた。  「どうしてって思ってるでしょう?私、美沙からアナタを毒殺するって話聞いていたの。そこで、早めにアナタの家に行ったら二つのカップケーキ。ピンときたよ。だから、食べて死んだふりして、二人に死んでもらったのよ」  なんでお前が私と美沙を…  「そんなの、私が幸一くんと付き合ってるからに決まってるじゃない」  ニヤつく雪の口の端に、カップケーキのカスが付いていた。
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