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僕の知らない早月を探したくて、インターネットの海に答えを求めた。検索窓に「仁科早月」と入力すると予測に「陸上」そして旧姓の「佐藤早月」の名前が表示された。
クリックすると二年前すなわち僕が中学二年生の年の陸上のインターミドルの記事を見つけた。中学三年生の早月が女子百メートル走の全国大会で優勝した時の記事だ。中学生女子の歴代最速記録は11秒61、それに大きく迫る11秒65という好記録での優勝だった。
彼女は12秒フラットが自己ベストの僕より速かった。それは女子にしては速いな、なんて可愛いレベルの話ではなかった。彼女は日本の頂点に立ったアスリートだったのだ。
早月はインタビューの中で、高校でも全国制覇をして、今度こそ高校記録を、そしていつかは日本記録を塗り替えたいと言っていたが、それを最後に陸上の世界から姿を消した。
インタビューではいつも彼女はこう語っていた。
「まだ見ぬ景色を求めて高みを目指しています。誰よりも速く、どこまでも遠くへ走り抜けたい」
――ロケットで行ったことがないくらい高くまで飛んで、青い地球を見下ろすの。それから、誰よりも速く、どこまでも遠く宇宙の果てまで行けたら素敵じゃない?
形は違えど、彼女はずっと昔から同じことを望んでいたのだ。
病魔は早月を蝕んでいく。早月は窓の外を見ながらぼそっと呟いた。
「宇宙葬のお金、間に合わなかったなあ。死にたくないなあ」
初めて聞いた早月の弱音だった。
「死にたくない、死にたくないよ……!」
早月が顔を覆って泣き出した。早月は強がるとき、いつも僕から目をそらしていた。泣いているのを初めて見た。誰よりも幸せにしたいと願った人が僕の前で泣いている。僕は無力だ。
「早月」
名前を呼んだはいいが、僕は気の利いた言葉一つ言えない。だから、早月を抱きしめた。消えそうなほど細くなった早月が僕の腕の中から離れていかないようにただただ抱きしめた。僕の腕の中で早月はずっと泣いていた。
長い時間の後、早月は僕のシャツに頬擦りをすると、一言だけ言った。
「やっぱり昴は優しいね」
顔を上げた早月と目が合った。涙で濡れた早月の頬に僕はそっとキスをした。
「ヘタレ。普通、唇にするでしょ」
拗ねたような声で早月が言った。想定外のカウンターパンチをくらってしまい、少し傷ついた。
「嘘。昴のおかげで、ちょっと気持ち楽になった。ありがと」
早月が笑ってくれた。そう言うなり、早月は僕に身を寄せて胸にもたれかかった。
「もう一回、ぎゅってして」
「うん」
僕は早月を優しく抱きしめた。早月が少しでも元気になってくれるなら、僕は何でもする。
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