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僕は翌日から学校に行かずに少しでも長く早月といることにした。
「昴、本当に学校大丈夫なの? 留年とかしない?」
早月に心配されてしまった。問題はない。面会時間後は深夜まで勉強をしている。学年末試験で成績を落とさなければ親も先生も何も言わないだろう。
「平気だよ。こういうときだけ年上ぶるなって」
実は一年高校の入学が遅れていると聞いたとき、僕たちは一つ約束した。恋人同士になるんだから、敬語は使わない。僕たちは対等な恋人同士だ。
「平気平気。元々推薦使うつもりないから出席日数気にしてないし。試験もたぶん余裕」
「おー、さすが学年首席」
早月が大げさに拍手をした。
「こういう風に自信持てるようになったのも、早月のおかげだよ」
「昴、ちょっと前まで自虐ひどかったもんね」
「そうかも」
「そのことで私、一つ謝らないといけないんだけど、いいかな?」
早月が遠慮がちに切り出した。
「昴、私のこと覚えてない?」
「覚えてるも何も、早月は今ここにいるだろ?」
まったく話がつかめなかった。
「私、小学校の時は今とは違う名字だったんだ。仁科はお母さんの旧姓で、小学校卒業までは佐藤早月で通したんだけど、聞き覚えない?」
佐藤。よくある苗字だ。大体どのクラスにも佐藤はいる。アメリカにいた時ですら数少ない日本人の知り合いに佐藤さんがいた。
「いや、あんまり」
「じゃあ、佐藤隼兎って覚えてる?」
ドクンと心臓が鳴った。僕が救えなかった親友の名前だ。まさか。隼兎は家に友人を招きたがらなかったし、お姉さんがいるとは知っていたが僕は転校生だったので友達の詳しい兄弟姉妹の事情までは知らなかった。
「もしかして……」
「うん。弟だよ」
あまり仲良くないお姉さんがいると聞いていたが、名前も一つ上ということも知らなかった。
「隼兎、今元気にしてる?」
隼兎の名前を聞いて、僕は早月の話を遮って尋ねた。ずっと心残りだった。僕が助けられなかった親友はあの後どうなってしまったのか。
「うん。とっても。美術部で楽しくやってるみたい」
「よかった……」
隼兎は無事に立ち直れた。安心して全身の力が抜けた。五年分の後悔が、一気に外れた。
「ほら、思春期って姉弟のことうざくなるじゃない? 隼兎がインドアで私がアウトドアだから、性格も正反対だし。特に一個違いってそういうもんなんだよね」
早月が隼兎の話を始めるが、僕は一人っ子なので姉弟の機微はよくわからなかった。でも、そういうものなのだろう。
「ただ、中三で私が病気になったときに、離婚したお父さんも隼兎もみんな集まって、その時に隼兎と腹割って話したんだよね。あの頃は私もいっぱいいっぱいだったんだよね。私は走ってれば結構ストレス発散できるタイプだったけど、隼兎のことまで気が回らなかったの」
当時、隼兎も早月も子供だった。どちらも悪くない。二人とも必死だった。だから、わだかまりもとけたのだろう。
「まめに連絡とるようになったからさ、高校で天文部に入ったときに昴の名前言ったの。そしたらすごい勢いで食いついてきたから写真勝手に送っちゃった。そしたら、すぐに気づいたんだよね」
当時の面影なんてほとんど残っていないのに、良く気付いたものだ。
「機会があったらありがとうって伝えて、って言われてたんだけど、お姉ちゃんだって言ったら年上だってばれちゃうじゃない? だから、隼兎には申し訳ないけどちょっと保留にしてたんだ。時々、まだ若作りしてんの? ってからかわれる」
ずいぶんと仲がよさそうだ。隼兎は自力で立ち直ったのだろう。僕は何もできなかったのに、隼兎の記憶の中で僕は美化されているようだ。
「でも、僕何もできなかったよ。お礼言われるようなこと、何もしてない」
「やっぱり、救えなかった友達って隼兎のことだったんだね」
僕は頷いた。僕は「友達の相談に乗った」とは言ったが、「友達のために泣いた」とは言っていない。早月は知っていたのだ。
「ごめんね。それならもっと早く言えばよかった。隼兎は昴が救ってあげた子の方にカウントされてると思ってたから。救えなかった子は別の子なのかなって思って」
僕は救えなかった隼兎の詳しい事情までは話していない。共通の知り合いであるかどうかにかかわらず、他人のプライバシーは話すべきではないと思ったからだ。お互いに隠し事をしていたから、話がかみ合わなかったのだろう。
「隼兎ね、転校先の小学校ですぐに友達出来たんだって。転校生だった昴が、自分のために泣いてくれるほどの大親友になってくれたから、きっと転校先でもそういう友達ができるって心の支えになってた……って、伝えてって言われたんだけど、遅くなってごめんね。死ぬ前に、これだけは絶対伝えなきゃって思って……」
気づけば僕の目から涙があふれていた。
「教えてくれてありがとう」
無力な僕でも誰かの支えになれる。それを早月は二度も教えてくれた。
「隼兎からその話聞いて、昴にならお願いできるかなって思ったんだ。信用してる肉親の一番信頼する人なら信頼できるかなって」
今まで点だったものが、星座のように全部線でつながった。
「隼兎が縁を繋いでくれたのかな」
「それが最初の理由だけど、そういう目で昴のこと見てたら、やっぱりこの人なら信頼できるって私自身も思ったよ。馬鹿のふりしてるけど、言葉の端々から頭の良さにじみ出てるし。悪ぶってるけど、困ってる人のこと反射的に助けちゃう優しい人だし」
こうして早月が僕を肯定してくれたから、僕は自己肯定感を取り戻せたのかもしれない。僕の人生に意味をくれた早月のために、僕は何ができるだろう。
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