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付き合い始めてからというもの、何度も足を運んで今ではすっかり見慣れた友樹の部屋。翌日が休みの時は泊まることもあったから私の物も少しだけれど置いてある。
お揃いの歯ブラシにマグカップ。友樹の匂いが移ったルームウェア。お気に入りのぬいぐるみ。
何か一つあるだけで「お前は特別だ」と言われているようで嬉しくなる。
普段は、おっとりしている友樹が、その日は立ったり座ったり。意味もなく部屋をウロウロしたりして落ち着かない様子だった。
ふと彼の部屋着のポケットに目をやると、少し膨らんでいた。私は妄想をしたけれど、まさかねと打ち消して、そのまましばらく見守っていると冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ごうとして零してしまった。
キッチンのシンクに置かれたコップから明らかにずれた容器の注ぎ口から飛び出した麦茶は薄めに作られているせいでフローリングと完全に同化している。
「ちょ、友くん大丈夫!?」
私はティッシュの箱を手に彼に駆け寄った。
「あー…やっちゃった。床が喉乾いてたのかもね」
そんな言葉を頭上で受けながら床をティッシュで拭いていると
「朱里」
と、名前を呼ばれたから顔を上げると友樹はいつになく真剣な表情をしていた。
「何?」
「結婚しよ。それで一緒に住も」
そう言ってからポケットを探っている。妄想は現実になったけれど私は笑ってしまった。
「ぷっ…今!?このタイミングで!?私、床拭きながら口も吹いてるんだけど!何か様子がおかしいなとは思ってたけど、もっとあるじゃん!こう…食事の後とかさあ!」
普段は色々、手を貸してくれる友樹なのに今は緊張のせいか全く動かない。耳がほんのりと赤くなっている。
「いやもう無理!耐えられん!せっかくの美味いご飯、味しなくなりそうだったもん!勿体なくない!?はー……もう二日くらい前から、いつ切り出そうかってそればっかりで全然眠れなくて…」
「…ねえ。私の小指の赤い糸、そっちと繋がってると思う?」
私は自分の小指を立てて友樹の手にある小さな箱を見つめながら呟いた。
「は?……ここまで来たってことは繋がってるんじゃないの。朱里。返事は?」
「……はい。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
それは、レストランでディナーを予約した私の二十六歳の誕生日。午前十時のことだった。
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