ぼくと家族のひみつ

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ぼくと家族のひみつ

 ぜったいにひみつだよ。きみがやくそくしてくれるなら、ぼく、ママとパパ、それからおばあちゃんのひみつを教えてあげるね。 1、ぼくのひみつは「動物さくせん」  ばんごはんを食べ終わった。  たまにデザートが出てくるときがあるから、ぼくはさっきからそれを待っている。  ひまなので、イスにすわったまま、足をバタバタバタ……。 「けんご! 食べ終わったら、さっさと歯みがきをしなさい! もう小学生なんだから、ママに言われる前にしなくちゃダメよ!」 「はーい」  どうやらデザートは出てこないみたい。しぶしぶ歯みがきをして、おふろに入る。おふろから出て、体とかみの毛をかわかして、パジャマを着る。ふとんにもぐりこんで目をつぶると、おなかがグゥー……。やっぱり、ばんごはんをおかわりすればよかったなあ。 「ママ。おなかがすいて、ねられない。何か食べてもいい?」 「ダメよ! もう歯みがき終わったんだから」  やっぱり歯みがきはまだしないほうがよかったんだ。  あきらめて、もう一度ふとんに入って目をつぶると、ビスケットの赤い箱があらわれた。手をのばして取ろうとしたら、なんと、その箱に二本の足が生えて、タッタッタッと走り出す。 「待ってー!」  走っても走っても追いつかない。赤い箱はどんどん小さくなっていく……。 「けんご、朝ごはんできたよ!」 「うーん、ビスケット……」 「何ねぼけてるの? 早く起きなさい!」 「夏休みなのに、どうして早く起きなくちゃいけないの?」 「もう、しょうがない子ね。ママ先に食べてるね」  パタパタパタ……。足音が消えていく。  ん? ソーセージがやけるにおいだ。思わずふとんからとび出した。  目の前には、ソーセージと目玉やき、食パンとミニトマト。それからミルクとやさいスープもある。  パパは遠いところでお仕事をしていて、金曜日の夜にならないと帰ってこない。だから、ふだんはこうやって、ママと二人でごはんを食べている。 「いただきまーす!」  ママのおはしは、上手に食べ物をつかんで、せっせとママの口に運ぶ。だけど、ぼくのおはしは、ポロポロこぼしてばかり。ぼくの口にはなかなか食べ物がやってこない。いっしょに食べ始めたのに、ママのお皿はもう空っぽになってしまった。 「けんご、いつまで食べてるの! 早く食べなさい!」  早く食べようとして、ぼくはパンをいっぱい口におしこんだ。そしたら、パンがのどにつまってしまった。 「ゴホッ、ゴホッ」  急いでミルクを飲むと、パンはやわらかくなって、のどを流れていく。ああ、助かった。 「もう、何やってるのよ! よくかんで、ゆっくり食べなさい!」 「早くゆっくり食べるの、できないよう」 「ヘリクツ言わないの!」  ママはよくそう言うけど、ずっと意味がわからなかったから、この前、パパに聞いてみた。 「パパ、ヘリクツってなあに?」 「ヘリクツの『ヘ』は『オナラ』のこと。だから、オナラみたいにつまらない話っていう意味だよ」  そんなことを思い出しながら、目玉やきの白身をおはしで切ろうとすると、こげている部分がかたくて、なかなか切れない。 「ママ、りょうりバサミかして」 「何言ってるの! おはしを使う練習をしないと、いつまでたっても上手にならないでしょう!」 「ヘリクツ言わないで、ママ」 「これはヘリクツじゃありません!」 「どうしてぼくの話はヘリクツで、ママの話はちがうの?」 「いいから、だまって食べなさい!」   ぼくは、ギリギリ、グニグニと、おはしで切ろうとがんばった。すると、急に白身がちぎれて、ポーンとお皿からとびだした。 「わあ!」 「もう……。ママの仕事をふやさないで」  ママは、テーブルの上に落ちた白身のかけらをティッシュでつかむ。 「それ、ぼくにちょうだい」  ママは、それをゴミ箱にポイッとすててしまった。 「どうしてすてるの? ぼく食べようと思ってたのに」 「落ちたものはきたないから、食べたらダメなの!」 「テーブルは、いつもママがふいてるから、きれいだよ。それに、食べ物をそまつにしたらいけないって、ママいつも言ってるよね」  ママはだまって、白身が落ちたところをフキンでごしごしふいている。  そんなママのすぐ横で、ぼくはミニトマトにガブリとかじりついた。次のしゅんかん、水でっぽうのようにピューッとしるがとび出して、ママのほっぺたに見事に命中!    ママの目はだんだん大きくなって、鼻のあなもふくらんでいく……。 「ウホッ!」  あーあ。ゴリラになっちゃった。ママはおこるとゴリラそっくりになるんだ。でも、ママはそのことを知らないみたい。見たことがないんだと思う。ママは、かがみやカメラの前ではニッコリわらうから。  すぐそばにゴリラがいるせいで、ぼくの手がブルブルふるえて、ますます食べるのがおそくなってしまう。  ……ふう。やっと食べ終わった。 「ごちそうさまでした」  さあ、今から何をしようかなあ。あっ、そうだ。夏休みの宿題をしなくちゃ。 「けんご、そろそろ夏休みの宿題をしなさい」  せっかく今やろうと思ったのに、ママに言われたら、急にやる気が消えてしまった。今日は、動物のずかんを見よう。  1ページ目。人がラクダに乗っている。ぼくも乗ってみたいなあ。  次のページ。シマウマのお食事シーン。動物はおはしを使わなくてもエサが食べられるから、いいなあ。 「けんご! ごはんよ!」  ママの声で目がさめた。ずかんを見ながらねてしまったみたい。 「いただきまーす!」  今日のお昼ごはんは、うどんだ。うどんをおはしでつかむのは、むずかしい。やっとつかんだのに、おはしの間からツルリとにげて、テーブルの上でねそべってしまった。こうなると、もっとむずかしくなる。おはしはあきらめて、指でギュッとつまんで持ち上げようとしたら、うどんは二つにちぎれてしまった。  何かいいほうほうはないかなあ……。そのとき、さっきのシマウマを思い出した。そうだ。あの食べかたをマネしてみよう。ママはあらいものをしているから、こっちを見ていない。よーし、今のうちだ。  ぼくは、テーブルに口をつけて、うどんをすいこんだ。チュルチュルチュル……。うどんはおとなしく口に入ってくる。それをモグモグかんで、ゴックンと飲みこんだ。   大せいこう。だけどテーブルにうどんのしるがついている。これがもしママに見つかったら、うどんをこぼしたことがバレてしまう。どうしよう……。       あっ、いい考えがある。ぼくはまたテーブルに口をつけて、そのしるをペロペロなめた。そしたら、テーブルはピカピカになった。  ちょうどそのとき、ママがふり向いた。 「あら、もう食べ終わったの? 今日はきれいに食べたのね」  ママはほほえんで、「お母さん♪ ありがとう~♪」と歌い出した。そんな歌は今まで聞いたことがないし、ママにとってうれしい歌になっているから、きっと、今、自分で作ったんだろう。  これから、おはしで食べるのがむずかしいときは、このひみつの「動物さくせん」を使おう。そうすれば、早くきれいに食べられるから、ママもゴリラにならないよね。 2、ママのひみつは「カギ」と「パン」 「今日はパパが帰ってくるから、ばんごはんは、パパのすきなカレーライスにしましょう」  夕方、ぼくたちは買い物に出かけた。買い物に行くと、いつもママは朝食用のパンを買う。だけど、パン屋さんのパンはねだんが高いからって、ふだんはスーパーの安い食パンしか買ってくれない。   でも今日は金曜日。パパのために高いパンを買う日だ。スーパーで買い物をしたあと、ぼくたちはパン屋さんに入った。  どのパンもおいしそう。どれにしようかな。パパにはピザパン、ママはホットドッグ、ぼくはパンダパンをえらんだ。ああ、早くあしたにならないかな。  帰り道、ママが歌う。 「カレーパンにアーンパン♪ クリームパンにメロンパン♪ 毎日食べたいパン屋さんのパン♪」  本当はママもそう思っているんだね。  家に帰ると、すぐにママはりょうりを始める。トントントンとほうちょうの音。グツグツグツとなべの音。カレーのいいにおいがプーンとただよってくる。  とつぜん、ママがさけんだ。 「たいへん! もうこんな時間だわ! 早くカギをしめないと、パパが帰ってきちゃう!」  ママが育ったいなかでは、だれかが家にいるときは、げんかんのカギは開けっ放しになっていたらしい。だから、ぼくの家でも、ママがいるときは、カギは開いている。学校から帰ったとき、すぐ家の中に入ることができるから、ぼくもそのほうがいい。  だけど都会育ちのパパは、「ちゃんとカギをしめてね」といつもママに言っている。もしカギが開いているのが見つかると、「なんでカギをしめないんだ」と長いおせっきょうが始まってしまう。  ママはげんかんに向かってビューンと走っていって、ガチャッとカギをしめた。ママはパパが帰ってくるときだけカギをしめるんだ。これがママのひみつだよ。  ママが台所にもどってきたとき、ガチャッとカギが開く音が聞こえた。 「ただいま」  やったあ、パパだ! 今度はぼくがビューンと走っていく。 思いっきりパパにとびつくと、パパはぼくをだっこする。 「けんごはいい子にしてたか? ずいぶん重くなったなあ」 「お帰りなさい、パパ」  ママもうれしそうな顔でやってきた。  ママが作ったカレーライスは、とびっきりおいしかった。スプーンを使って食べたから、すぐにお皿が空っぽになって、パパと同じようにおかわりができた。  今日はパパがいるから、きっと、デザートが出てくるはずだ。楽しみだなあ……。 「けんご! 食べ終わったら、さっさと歯みがきをしなさい!」  あーあ。デザートはないみたい。 「パパとママは歯みがきをしないの?」 「大人はいいの」 「どうして? 子どもと大人はどこがちがうの?」 「もう。さいきん、けんごったら、こんなヘリクツばっかり言うのよ」 「それだけけんごがよく考えてるってことだ。でもね、けんご。子どもの歯は大人の歯にくらべて虫歯になりやすいんだよ。だからママの言うとおり、ちゃんと歯みがきをしようね」  パパはそう言ったけど、本当は、ぼくがねたあとで、ママとお酒を飲みながら何か食べようと思っているんだろう。前に、ぼくが夜中にトイレに行ったとき、そうしているのが見えたんだ。あとでトイレに行ったときに、こっそりのぞいてみよう。  でもおなかがいっぱいで、ふとんに入ると、すぐにねむってしまった。  チュン、チュンチュンチュン……。  にぎやかな鳥のさえずりで目がさめた。そうだ! 今日の朝食は、パン屋さんのパンだ!  ママが電子レンジでパンを温めて、ぼくたちの目の前においた。だけど、パパはあまりうれしそうな顔をしていない。 「前から言おう言おうと思ってたんだけど、なんで、ママはぜいたくなパンばっかり買うんだ?」 「だってパパがお仕事がんばってるから、ありがとうって思って」 「その気持ちはうれしいよ。でも、こんなパンはカロリーが高いんだよ。なんで、もっとけんこうのことを考えないんだ?」  テーブルの下でママが指をおっている。何を数えているのか、ぼくは知っている。パパの口ぐせの「なんで」という言葉を数えているのだ。そこだけパパの声が高くなるから、おせっきょうを全く聞かなくても、かんたんに数えることができる。ぼくもいっしょに指をおっていく。 「……なんで、……なんで、……、……なんで」  五回目だ。さあ、そろそろママのさくせんが始まるぞ!  ママは手のひらを上にして、テーブルにおいた。 「わたしが悪うございました。この手をパチンしてください」 「ぼうりょくはいけないんだよ」とぼくが言うと、「そうだな。ぼうりょくはいけないな」とパパはうなずいて、ママの手をたたかなかった。    けっきょく、パパはおいしそうにピザパンを食べていた。それどころか、ぼくたちのパンまでほしがって、「一口こうかんしよう」だってさ。  パンを食べ終わって、ぼくがみんなのしょっきを流しに運ぶと、ママはあらいものを始めながら、何か言い出した。ぼくはママの後ろからこっそり近づいて耳をすませた。 「……ことを思いついたわ。今までと反対にすればいいのよ。パパがいるときはスーパーの食パンを食べて、パパがいないときはパン屋さんのパンを食べましょう。でもパパにはぜったいにひみつね。フフフ」  みんながうれしくなるほうほうを見つけたんだね。ママって天才だ! 3、パパのひみつは「夜中のハナクソ」  ママのあらいものが終わると、パパが言った。 「さて、クイズの時間です。ハナクソはどんな味でしょう? しお味、さとう味、みそ味。さあどれかな? わかる人!」 「まあ、下品なクイズねえ」  ママにはちょっとむずかしかったみたいだけど、ぼくにはかんたんすぎた。 「はーい! しお味!」 「ピンポーン、せいかい。なんでわかったのかな?」 「いつも食べてるから。パパはどうしてせいかいを知ってたの?」 「子どものころに、よく食べてたからな」  それを聞いて、ママの顔が少しだけゴリラになった。 「ハナクソなんか食べたらダメよ! 病気になったらどうするの!」 「だいじょうぶだよ、ママ。ハナクソを食べて病気になったっていう話は聞いたことがないし、動物だってハナクソを食べるんだよ」  そう言って、パパがスマートフォンで動画を見せてくれた。動物園のゴリラがひとさし指でハナクソをほじって、それをなめている。ぼくは、おなかがいたくなるまでわらいころげた。 「パパ、ハナクソってどうやってできるの?」 「ほこりの入った鼻水がかわくと、ハナクソになるんだ。鼻水には、なみだやあせと同じように、しおがたくさん入ってるんだよ」  なるほど。だからしょっぱいのか。 「パパはハナクソほじるとき、いつもどの指使うの?」 「ひとさし指だよ」 「さっきのゴリラと同じだね。ぼくは小指だけど。ママは?」 「ママにはハナクソなんかありません!」  はて? なぞだ。パパはわらっている。 「パパは今でもハナクソを食べるの?」 「今はティッシュにくるんで、ちゃんとゴミ箱にすてるよ」 「どうして食べないの?」 「ママにきらわれるからな」  へーえ。パパはママのことがすきなんだね。 「動物園に行ったら、ゴリラがハナクソを食べるところを見られるかなあ?」 「それはどうかな。でも来週の日曜日、天気がよかったら、ひさしぶりにみんなで動物園に行こうか?」 「わーい! ママ、いいでしょう?」 「いいわよ。じゃあ、ママがおばあちゃんにつたえておくね」  おばあちゃんはとなりの家に一人で住んでいて、動物園に行くときはいつもおいしいおべんとうを作ってくれる。 「ねえパパ。ウマやキリンは、どうやってハナクソをほじるんだろうね」 「ウマはフンッ、フンッ、とハナクソをふきとばすんだ。キリンは長いしたをのばして、鼻の中をそうじするんだよ」  ぼくもキリンのまねをしようとしたけど、したが短すぎて鼻のあなにとどかなかった。  その日の夜中、あまりにも暑くて目がさめてしまった。なかなかねむれずにいると、左のほうからパパの声が聞こえてくる。 「どうしよう。大きなハナクソが取れてしまった。とりあえず、ポケットに入れておくか。朝、起きてからすてれば問題ないだろう」  右のママは何も言わないから、ぐっすりねているみたい。  ぼくはあのじけんのことを思い出した。それは夏休みが始まる少し前のことだった。ぼくは、ポケットに大事なシールがあることをわすれて、その服をそのまませんたくきに入れてしまった。せんたくが終わると、シールはボロボロ。ぼくは大声でないた。  そんなことがあって、ママはせんたくきを回す前に、みんなのポケットの中をていねいに調べるようになったんだ。パパ、だいじょうぶかな。  ぼくが心配していることも知らないで、パパはもういびきをかいているよ。  ミーン、ミンミンミンミンミーン……。  にぎやかなセミの鳴き声に起こされた。  朝食を食べてから、パパとオセロをしていると、ママの歌が聞こえてきた。  急に歌が止まった。いやーな予感がする。しんぞうの音がドクドクドクと速くなる。ぼくはいつでもにげられるように、足に力をこめた。  ママが手に何かをのせて、ぼくたちのところにやってきた。 「パパ、これ何? パパのパジャマのポケットに入ってたんだけど……」 「えーっと、えーっと……。消しカスとかみの毛に見えるけど。なんで、そんなものがポケットに入っていたのかなあ?」 「パパのハナクソと鼻毛でしょ!」  ママの目はだんだん大きくなって、鼻のあなもふくらんでいく……。 「ウホッ!」  ぼくは悪くないから、べつににげなくてもよかったんだけど、体が勝手に動いていた。   にげおくれたパパは、何度も何度もゴリラにあやまっている。  しばらくしてから、パパはぼくに言った。 「さっきはこわかったね」 「うん。でもママはどうして鼻毛をかみの毛と思わなかったんだろうね」 「鼻毛のほうがだいぶ太いからだろう」 「そうなの? さっきの鼻毛、もう一度見せて」 「ママがすてちゃったよ」  なあんだ、がっかり。パパの鼻毛がどれだけ太いか、見たかったのに。  次の金曜日の夜中、ぼくはトイレに行きたくなって起きてしまった。トイレからもどって、うとうとしていたら、パパの声が聞こえてくる。 「どうしよう。たくさんハナクソが取れてしまった。とりあえず、ふとんの上においておくか。朝、起きてから拾えば問題ないだろう」  ぼくはパパのじまん話を思い出した。 「オレのとくぎは、わすれることだ。どんなにイヤなことがあっても、ねるだけでわすれることができるんだぞ。すごいだろう。そのおかげで毎日楽しく会社に行けるんだ」  パパ、今はそのとくぎを使わないでね。  次の日。朝食のあと、パパといっしょにテレビのニュースを見ていたら、ママの歌が聞こえてくる。 「よく晴れた朝に~♪ おふとんをほしましょう~♪ ランララン♪ ……あら、これは何かしら?」  大きなさけび声が聞こえたと思ったら、ゴリラがのっしのっしとやってきた。  パパは手のひらを上にして、テーブルにおいた。どうやらママと同じさくせんを使うみたい。 「オレが悪うございました。この手をパチンしてください」 「ぼうりょくはいけないんだよ」とぼくが言うと、「手で手をたたくのは、はくしゅと同じでしょ!」とゴリラが言い返す。「ヘリクツ言わないで」とぼくも負けずに言い返す。  パチン! 「いたい!」  さけんだのは、ゴリラだけだった。 「二つの手は同じだけ、いたくなるんだよ」     パパはわらいながら、そう言った。  ぼくもためしに自分の右手で左手をパチンとたたいてみたら、それは本当だった。  ゴリラはママにもどって、パパといっしょにわらっていた。  その日の夜中、雨がまどにぶつかる大きな音で目がさめた。いっしょに小さな声も聞こえてくる。 「シーツは白いから、見つかったんだな。ハナクソと同じ色のものは……。たたみだ。たたみの上におけば、ハナクソは見えなくなるぞ。ハハハ」  たしかに、たたみはハナクソ色だ。だけど、そんなことして、ママに見つからないのかな……。  次の日。朝日がまぶしくて目がさめた。まどの外には、ゆうべの雨がうそのように、きれいな青空が広がっている。やったあ! 動物園に行けるぞ!    朝食を食べ終わって、パパは新聞を読んでいる。  ぼくたちがねていた部屋から、ママがそうじきをかける音が聞こえてきた。 「あっ!」  パパはあわてて立ち上がって、走っていく。ぼくもパパを追いかける。すぐに二人の会話が聞こえてきた。 「今日はオレがそうじきをかけるよ。ママはソファーで休んでて」 「まあ、ありがとう! パパってやさしいのね!」  本当は、もしママがそうじきをかけたら、たたみの上に何か落ちているのに気がつくかもしれないから、だよね。パパのひみつがバレなくて、ぼくはほっとしたよ。   4、おばあちゃんのひみつは「入れ歯」  ソファーで休んでいるママが言った。 「けんご。おばあちゃんのおてつだいをしておいで」 「はーい」  となりの家に行くと、おばあちゃんはたまごやきを作っているさいちゅうだった。 「おいしそうだね。一口ちょうだい」  ぼくがほしがると、おばあちゃんはたまごやきのはしっこの部分をくれた。 「おいしい! もっとちょうだい!」 「じゃあ、もうひとつだけだよ。パパとママにはひみつにしておこうね」  ひみつと聞いて、ぼくは、おばあちゃんのひみつを知りたくなった。 「おばあちゃんにもひみつってあるの?」 「もちろんあるよ」 「どんなひみつ?」 「おばあちゃんの口の中には入れ歯が一本あるんだよ。見せてあげようか?」 「うん、見たい!」  おばあちゃんは口の中からカポッと小さな入れ歯を外して、また口の中にもどした。口の中から歯が出てくるなんて、びっくりしたよ。 「どうして入れ歯になったの?」 「あまいものを食べすぎたからだよ」 「ふーん。じゃあママも虫歯になったの?」 「ママには虫歯が一本もないよ。ママにはあまいものをあまりあげなかったし、おばあちゃんが虫歯になっているのを見て、ママは歯みがきをがんばったんだ」  そうだったのか。ぼくにも虫歯がないのは、あまいものをあまり食べさせてもらえなかったのと、ママが歯みがきをきびしく言ってくれたおかげだったんだ。これからは、ママに言われる前に、さっさと歯みがきをしよう。  おばあちゃんはママのママだから、ママのことをよく知っているんだね。そうだ。前からなぞだった、あのことを聞いてみよう。  「おばあちゃん。ママが子どものとき、ハナクソをほじったり食べたりしてたの?」 「もちろん」 「なあんだ」  ママもぼくと同じだとわかって、少し安心した。  そのとき、ごはんがたき上がった。おばあちゃんは、具を入れたごはんをラップで丸めて、一つ目のおにぎりを作った。 「ぼくも作りたい!」 「じゃあ、いっしょに作ろうか」  ぼくたちはたくさんおにぎりを作った。お茶はママが用意してくれることになっているから、これでじゅんびOK! 「おべんとうは、ぼくが持つよ」 「ありがとう。けんごは力持ちだね」  おばあちゃんにほめられると、力がモリモリわいてきて、急におべんとうが軽くなったように感じた。  外に出ると、パパとママもちょうど家から出たところだった。さあ、しゅっぱーつ!  電車の中で、ぼくたちは立っていた。ママは、せが高いパパの顔を見上げて言った。 「パパ、鼻毛が出てるわ」 「どうやら鼻毛たちはママに会いたいみたいだ」  ママは顔をギュッとしかめた。  電車からおりると、ぼくはおばあちゃんと手をつないで、パパとママの後ろを歩いた。  パパが、さっき見つかった鼻毛をぬこうとしていたみたいで、ママにしかられていた。 「鼻毛は大事なんだから、ぬいちゃダメよ! 鼻毛がないと、かふんやゴミをすいこんじゃうわ。家に帰ったら、鼻から出てる部分だけ切りなさい」 「わかった。そうするよ」  パパはそう言ったけど、ぼくは知っている。きっとパパは家に帰ったら、すぐにわすれてしまうだろう。そして、また家族でお出かけする電車の中で、また同じ会話が始まってしまうんだ。  動物園に着いてゴリラを見たとき、ぼくの心の声がうっかり口からもれてしまった。 「わあ、ママにそっくり」  あわてて両手で口をおさえたけど、おそかったみたい。後ろから、「ウホッ!」と聞こえたような気がした。  そのときパパが、「そうだね。ゴリラのそばの小鳥はママにそっくり」と言ってくれた。 「えっ、小鳥のことだったの? わたしったら、かんちがいしちゃったわ」  ゴリラはすぐにママにもどった。だけどふしぎだ。 「ねえパパ。どうしてママは、ゴリラより小鳥って言われたほうがうれしいのかなあ?」 「ママは昔、アイドル歌手になりたかったんだって。だから、強そうに見えるより、かわいく見えるほうがうれしいんだと思うよ」  へーえ。でもママは強そうに見えるけどな。  ゴリラがハナクソを食べていなかったので、ざんねんだった。その代わり、めずらしいものが目にとびこんできた。 「あそこ見て! 人間って書いてあるオリがあるよ!」 「人間も動物ってことだね」  ぼくたちがそのオリの中に入ると、パパが外から写真をとってくれた。  それから少し歩くと、ヒツジがエサを食べているさいちゅうだった。 「ねえパパ。ぼくも動物だから、あんなふうにごはんを食べてもいいよね?」 「それはよくないな。国によってもちがうし、手が使えない人は仕方がないけど、動物の食べかたは『犬食い』といって、おぎょうぎが悪い食べかたなんだよ。けんごは手が使えるんだから、犬食いはやめてほしいな」  パパに言われて、「動物さくせん」はもうやめようと思った。  しばらくして、広場が見えてきた。 「ここでおべんとうを食べましょう」とママが言った。みんなで大きなレジャーシートを広げて、その上にすわる。  さあ、おべんとうの時間だ!  たまごやきがあまりにもおいしくて、ほっぺたが落ちそうになった。ぼくが作ったおにぎりをみんながパクパク食べているのを見て、うれしくなる。    家に帰って、みんなですきやきを食べた。あついものをつかめるから、おはしはべんりだと思った。 「ごちそうさまでした。ぼく歯みがきしてくるね」 「あら、けんごはどうして急にいい子になったの?」  ママは目を丸くしている。 「なんで?」  パパも首をかしげている。  だけど、おばあちゃんはニコニコ顔。  ぼくはいつもよりていねいに歯みがきをした。 「じゃあ、わたしはそろそろ帰るね」  そう言いながら、おばあちゃんが立ち上がると、パパも立ち上がった。 「けんご。パパはもう行くから、ママの言うことをよく聞いて、いい子にしてるんだよ」 「はーい。パパも会社でいい子にしててね」 「それはパパにはむずかしいかも。アハハ」  パパがわらうと、ママとおばあちゃんもいっしょにわらう。  ぼくとママは、げんかんまで二人を見送りにいった。 「ママ、カギをしめてね」とさいごにパパが言って、二人は出ていった。  ガチャッ。カギがしまる音を聞くと、ぼくの目から急になみだがあふれ出した。ママも少しないているみたい。 「パパはまた金曜日に帰ってくるよ。おやすみなさい、ママ」  ぼくたちは、それぞれひみつを持ちながら、なかよくくらしている。  だけど、ぼくが今まできみに話したことは、ぜったい、だれにも言わないでね。                               (終わり)
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