お飾り令嬢の嘘

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 ノックもせずにズカズカと入っていくと、重厚な机の前で座る白髪混じりの社長に近づく。  宮守書店社長、田中は摩耶に気づくと、嬉しそうな表情を浮かべた。 「おお、摩耶ちゃん。役員会議はどうだったかね」 「どうもこうもないわ、田中さん。役員会議にも出ないで、社長ってのはいい身分ね」 「今日はエイプリルフールだからね。摩耶ちゃんに任せようと思って、欠席してたんだよ。そうした方が上手くいく」 「お父様から宮守書店を任されているのでしょう。自分の部下くらいちゃんと管理してくれないかしら」  白百合の面影も見せず、摩耶が苛立ちを露わにすると、田中社長は申し訳なさそうに言葉を返す。 「これだけ会社が大きくなるとね、社長の一存ではどうにもならないことがあるんだ。目の届かない部分があったり、役員が結束して派閥を作ったりね。そうなると、せっかく集めた証拠が揉み消されることもあるし、その前に私の発言権を奪われるかもしれない。外部で調べ、油断しているところで一気に暴くのが一番いいんだよ」 「だから私に汚れ役をさせるのね。一体、どっちがお飾りなんだか」 「ははっ、宮守グループ系列会社の社長をしていて、摩耶ちゃんのことをお飾り令嬢なんて思っている奴は一人もいないよ。摩耶ちゃんのおかげで、会社の膿を出し切れるんだからね」 「まぁいいわ。それより、高橋専務による被害者の方々には、充分な保障をしてね。舐めた対応をしてたら、いくら田中さんだからって容赦しないわよ」  語調を強め、摩耶が言うと田中社長は誠意を込めて頷く。 「もちろんだよ、私が助けられなかった人たちだ。私の力不足で申し訳ないことをしてしまった。それに社員に対し不誠実な社長は『嘘』の標的だろう? 来年の四月一日を恐れて生きるなんて、体がもたないよ」 「わかっているならいいわ。それじゃあまた、役員たちが忘れた頃にエイプリルフールをしに来るから。本当はない方がいいのよ、エイプリルフールなんて」  田中社長との会話を終えた摩耶は、狭山と共に車に乗った。  次に向かうのは建設現場である。  移動途中、運転をする狭山が後部座席でくつろぐ摩耶に声をかけた。 「素晴らしいご活躍でした、摩耶お嬢様」 「何よ、狭山。褒めるのならその無愛想な表情をおやめなさい。横領はともかく、セクハラの方は被害者のことを考えると、スッキリしたなんて言えないわね」 「被害者の方々も自分の代わりにお嬢様が暴いてくれて、少しは気が晴れるのではないでしょうか」 「わかってないわね、狭山。性的被害は男も女も関係なく、一生の傷になるものよ。解決やお金では癒せないものなの。だったら加害者にも一生の傷を残さないと不平等でしょ。まぁ、私はスッキリしたけど」  会議室では凛とした態度を崩さなかった摩耶が、だらけた姿勢で心の内にある(もや)を打ち明ける。  狭山は表情こそ変えないが、摩耶が本心を話してくれることが嬉しかった。お飾り令嬢として微笑んでいるだけの彼女よりも、エイプリルフールの『嘘』を告げる彼女よりも、今の摩耶は人間らしい。  役として求められているものではない、宮守 摩耶としての言葉だからだ。 「お嬢様がスッキリしたのであれば、それでいいのですよ」  狭山は更に言葉を続ける。 「総帥である明様をお支えになるため、三百六十四日を情報収集と顔見せに充てる。美しく大人しい令嬢を演じて、ね」 「演じなくても美しいのは本当よ」 「これは失礼いたしました。そうして油断させておけば、お嬢様が何もわからないのだと勘違いし、相手は勝手に弱みを見せる。また動きやすくもなりますね。その後、四月一日にエイプリルフールの嘘と言いながら証拠を突きつける。そうすれば、お嬢様が断罪したのではなく、その場に居た者が総意で処罰を下すことになりますから。会社として、能動的に社内の悪を裁くことで世間的な評価も下がらない。これだけ大変なことをなされているのです、お嬢様が少しでもスッキリしたのなら、それでいいんですよ」  ハンドルを握り、道路状況から目を離さずに言う狭山。  それに対し摩耶は「かなり回りくどいわよね」と笑った。   「確かに回りくどいかもしれません。けど、お嬢様がおっしゃったのではないですか。エイプリルフールこそ、嘘に交えて中々言えない真実を話せるチャンスだ、と」 「言ったかしら、そんなこと」 「お嬢様が十歳の頃でしたか。当時、明様は今よりもお忙しく、お嬢様は寂しい思いをなさっていました。そしてその年の四月一日、お嬢様は明様に嘘をつく、と宣言してからこうおっしゃっていました。『遊んでくれないお父様なんて大嫌い! だから、私が宮守グループを乗っ取ってやるわ。そうすれば、お父様は働かなくていいでしょ。それまでに私が世界一素晴らしい会社にしてみせるわ!』とね」 「……覚えてないわ」 「そうでしょう、何せ今日はエイプリルフールですからね」  狭山はルームミラーに映る摩耶の赤面を見つけていたが、無表情を貫く。  摩耶の目には余裕そうな狭山の背中が映った。 「むかつく」 「何かおっしゃいましたか、お嬢様」 「なんでもないわよ。余計なことばかり覚えてる鉄仮面に腹が立っているの」  摩耶が十歳の四月一日。当時から摩耶の世話係をしていた狭山に対し、エイプリルフールに乗じて真実を混ぜる作戦を話した。  そうすることで、普段は言えないようなことを言える。要は照れ隠しだった。  そして、その作戦の最初の標的は会社役員でも父親でもない。 『どうしていつもヘラヘラしてるのよ、狭山。将来は私の秘書になるんだから、どんな時でも堂々としていなさい! そうじゃなければ、私の隣に居られないわよ!』  これが摩耶にとって最初の『エイプリルフール』だった。嘘に交えた真実。  そんなことを思い出し、摩耶の顔は更に赤みを増す。   「あー、むかつく。ねぇ、狭山、ちょっと笑って見せなさいよ。たまには貴方の笑顔が見たいわ」 「面白い嘘をおっしゃられますね、お嬢様。おっと、もう少しで建設現場ですね。その前に予約してあるレストランで昼食にいたしましょう」 「この鉄仮面、馬鹿、嫌い」 「光栄です、お嬢様」  狭山はルームミラーに自分の顔が映らないよう、少し身を屈めて運転を続けた。  しかし、摩耶からは真っ赤になった耳が見える。いつも無表情が張り付いた顔がどうなっているのか、想像するのは難しくない。  上機嫌になった摩耶は悪戯な笑みを浮かべながら、背筋を伸ばした。 「さーて、もう少し頑張ろうかしら、エイプリルフール」
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