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すると役員の一人が、それだけでもセクハラに当たるような目で摩耶を見ながら笑った。
「はっはっは、女性は準備に時間がかかりますからな。美しいお嬢様を見せていただけるのであれば、我々はいくらでも待ちますよ。いやぁ、今日も美しいですな。私がもう三十歳若ければ、デートにお誘いしたいくらいですよ」
そんな役員の言葉に続く他の役員。
「いやいや、高橋専務。お嬢様は今日も美しく着飾っておられて、我々のようにスーツしか着ない者にとっては文字通り高嶺の花でしょうか。こんな服装では釣り合いが取れませんよ。どうも仕事が忙しくて、着飾っている暇がありませんもので」
高橋専務のセクハラ発言に便乗し、摩耶に嫌味を言ったのは武藤常務である。
摩耶はそんな言葉を笑顔で流し、狭山から会議資料を受け取った。
「遅れた私が言うのもおかしな話ですが、早速会議を始めましょうか。あら、そういえば今日は四月一日、エイプリルフールですね」
そう麻耶が言うと、武藤常務が明らかに嘲笑だとわかる表情を浮かべた。
「お嬢様は小さなイベントを大切になさるのですね。私の子どもが幼い頃、必死に嘘をついて気を引こうとしていたのを思い出しますよ。エイプリルフールだとわかっていて騙される者など、いるはずもないのに」
武藤常務の言葉を聞いた摩耶は、待っていたと言わんばかりに頷く。
「ええ、そうですね。エイプリルフールだとわかっていて、騙される方なんていませんわ。例えば、窓の外にUFOが……なんて誰も信じてくれませんよね」
「はっはっは、そうですな。しかし、本当にUFOが現れたのであれば、我が社の雑誌に掲載したいくらいです。UFOはあまりにも荒唐無稽ですが、大人になれば嘘など見抜けるものです。そうでなければ人の上に立つことなのできませんよ」
変わらず武藤常務は軽口を叩いた。だが、その表情がすぐに一変することになる。
「では、私が皆様を驚かせる『嘘』をついてみましょう」
摩耶はそう宣言すると、先ほど狭山から手渡された資料を机に置き、一番下の一枚を手に取った。
そして内容を読み上げる。
「武藤常務は接待費と偽り、銀座のクラブに入り浸っている」
その瞬間、武藤常務の顔からは余裕が消え、冷や汗でも流しそうな勢いで前のめりになった。
「な、何を言っているんですか、お嬢様」
役員たちの視線は一斉に武藤常務へと向けられる。
この機を逃さず、摩耶は口を開いた。
「あら、嘘ですわ、武藤常務。先ほどそう宣言したじゃないですか。エイプリルフールなんですから」
「そ、そのように個人を貶めるような嘘は、倫理的にいかがなものでしょうか」
「ご心配なく、武藤常務。誰も騙されませんわよ、こんな嘘。武藤常務が銀座のクラブ『ローズ』のカレンさんを懇意になさっていて、カレンさんの売り上げランキングのために接待費と称して高級シャンパンをお飲みになっているとか。印刷所からマージンを受け取り、カレンさんの住宅をお借りになっているとか。ああ、出張と称してカレンさんと沖縄旅行に行ったとか。そんな嘘、誰も信じませんわよね」
摩耶はそう言ってから、机の上に一枚の写真を置いた。
「おっと、沖縄グランドリッチホテルの前で、浮かれた表情を浮かべる武藤常務とカレンさんの写真が落ちてしまいましたわ」
そこまで言われ、証拠を出された武藤常務は、顔面蒼白の状態で慌てて写真を回収するために走る。おねしょを隠すために必死になるが如く、実に情けない姿だった。
「うわあああああああ!」
「あら、武藤常務。随分趣味の良いかりゆしウェアですね。沖縄らしくて素敵ですわ。あれ、そういえば着飾る暇が……なんでしたっけ?」
「これは! その!」
なんとか言い訳をしようとする武藤常務だが、焦りと困惑に支配され、言葉が出てこない。
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