お飾り令嬢の嘘

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 他の役員たちは、驚きから無言になってしまった。  それでも摩耶は手も口も止めない。 「こんな嘘では誰も騙せませんわよね。じゃあ、もう一つ。高橋専務による女性社員へのセクハラ報告が相次いでいます」  続いての標的は先ほど、摩耶に対してもセクハラ発言をしていた高橋専務だ。だが、高橋専務は武藤常務とは違い、落ち着いた様子で笑ってみせる。 「はっはっは、セクハラですか。これは困りましたな。私はこの通り、少しばかり冗談を言ってしまう性質でして、セクハラだと捉えられてしまうようなことを言ってしまったのかもしれません。ハラスメントというのは基準が曖昧ですので、難しいですな。気をつけなければいけませんね。お嬢様、差し支えなければ報告をした社員を教えていただけますかな? 誠意を持って謝罪させていただきたい」  先ほどの横領とは違い、未だにセクハラへの認識は甘い者が多い。被害者の気持ちを考えず、軽く考えている。その上、立証には確固たる証拠が必要で、訴えるとなれば会社での立場や周囲の目が気になり、中々行動できないものだ。  高橋専務は『あちゃー』などと言いかねない軽薄な態度で、座っている。  そんな男に対し、摩耶は鋭い視線を送った。 「あら、嘘だと言っているじゃないですか。まさか、身に覚えが? そんなわけありませんわよね。だってセクハラは立派な犯罪ですもの。卑猥な言動は『迷惑防止条例違反』によって六ヶ月以下の懲役、又は五十万円以下の罰金。性的な関係を強要すれば『強要罪』ですから、そちらなんて懲役刑しかありません」  罪状と罰則を並べる摩耶。すると、若干だが高橋専務の顔が曇る。 「は、ははっ、そうですね。本当にそんなことがあれば、大問題ですよ。ま、まぁ、お嬢様も嘘とおっしゃっていますしね。そんな事実はない、とはっきり申し上げておきましょう」  高橋専務はわかっていた。自分の立場が強いこと、性的被害に遭った女性の多くは羞恥心やショックから中々訴え出られないこと、セクハラに対して一定の諦めを持ち事件化まで考えないこと。それは全て悪き慣習によって生まれた、世界のバグだ。  しかし、摩耶の『嘘』がそんな中途半端な状態であるはずがない。 「ええ、信じておりますわ、高橋専務。ここに偶然、被害者からの聞き取り証言調書がありますけど、事実無根ですわよね。当然ながら被害者に方々には、名前が広まらないようにし、宮守グループが身を守ることを約束しております。被害者が望まれるのであれば、宮守グループのどこででも働けるようにしていますし、被害に対する慰謝料も支払っておりますわよ。そのおかげもあって、全てを話してくれましたの。これも、全て私の嘘」 「調書なんて、そんな……証言だけでは証拠には……」 「あらら、顔色が悪くなってきましたわね、高橋専務。お体の具合でも悪いのですか? ご無理はなさらずに。名前は明かしませんけど、高橋専務に肉体関係を強要された方は、その時の様子を録音しておいてくれました。突然体を触られた女性社員は、その行動が常習化していくことに耐えられず相談してくれましたの。ですから、社内にいくつか監視カメラを設置しましたわ」  そう言って摩耶は再び写真を机の上に置いた。 「嫌ですわ、今日は手が滑る日ですのね。ちょうど高橋専務が、女性社員の臀部を撫でている写真を落としてしまいました。偶然にも女性社員の顔は見切れているので、相手が誰かはわかりませんけど」  そこで遂に高橋専務の焦りが溢れる。 「な、何を! こんな写真!」 「もちろんこれだけではありません。他にも写真、音声、映像……お望みなら綺麗に編集して、映画館で上映して差し上げましょうか。まぁ、嘘ですけど」 「お嬢様、これは、その」 「あまり女性を馬鹿にしないでもらえるかしら、高橋専務。戦うべき時には戦うものなんですのよ」  これまでの悪行が明るみに出た高橋専務は、反省ではなくあくまでも自分の立場が崩壊していくショックからうな垂れた。そのまま言葉を失い、小刻みに震えている。  すでに会議室からは緩い空気が消え去り、全ての役員が摩耶に対して一定の恐れを抱いていた。目の前にいるのは本当にあの『お飾り令嬢』なのか、疑わしいくらいである。  いや、役員会議というくらいなのだから、皮膚を切り裂きそうな現在の空気が相応しいのかもしれない。  全員の顔つきが変わったところで、摩耶は言葉を続けた。 「さて、嘘はこのくらいにしておきましょうか。そうですよわね? 『専務や常務の悪行を見逃す、嘘のような体制』は嘘。エイプリルフールだってことですよね? こんな緩い空気で始まる役員会議も、今日限りの嘘。だってここは宮守グループが所有する宮守書店ですもの。そんなはずがありませんわよね。ね? 役員の皆様」  それからすぐ、摩耶は狭山を連れて会議室を出る。「次の予定がありますので、失礼しますわ」と言い残して、次に向かったのは宮守書店の社長室だった。
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