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「あれ……咲月、おかえり?」
家に帰るととてもマズいシチュエーションだった。
とてもうっかり失念していたのだが、うちは共働きで両親は俺よりも立派に勤勉な人たちなのだ。
よって両親共々仕事の為、家にいるはずがない。
そして昨日帰ってきた兄貴は当然家にいる。
つまるところ、今この家には俺と兄貴のふたりっきりということになる。
いや、本来なら別にマズいシチュエーションでもなんでもないはずだ。
だがしかし、昨日の件があるが故にとても気まずい。
「どーしたの、気分でも悪いとか?」
なのにアホ兄貴は普段通りに俺に近付いてくる。
コイツには学習能力というものがないのか!?
昨日だって兄貴が不用意に近づいてくるから。
ずっと届かないと思っていた兄貴が、俺の手の届くところに居たから。
『好きだ』
酒のせいで滑りのよくなった口は自然と本音をこぼしていた。
そうして兄貴を捕まえて、何か言い出す前にその口にかみついた。
ついでに舌まで入れた。
心ゆくまで味わってしまった。
我に返った時にはすでに遅し。
兄貴は泣いていた。
ぽろぽろ冗談みたいな雫を次から次へと床へ落としていた。
……そりゃ、ショックだったのだろう。
まさか実の弟に襲われるなんて夢にも思っていなかっただろうし。
その涙はムクムクと俺の罪悪感を膨らませて、俺はまともに兄貴の顔が見れなくなる。
『……悪い』
俺は吐き捨てるようにそれだけ言って、ベッドの中へ逃げ込んだ。
朝も兄貴と顔を合わせないよう、兄貴が起きてくる前に家を出た。
なのに今の兄貴ときたら。
昨日のことなんて忘れましたとでも言うような態度で。
なんか、腹が立った。
「兄貴」
「なぁに?」
「昨夜の事、覚えてるか?」
「……うん」
兄貴は俺の言葉に頷いて、そのまま固まった。
なので本当は、本当に忘れていたのかもしれない。
ムカつくことに。
「……悪かったな」
「ううん、いいよ」
イラつきながらも謝ると、兄貴は顔をあげてくれた。
とても困ったような笑顔で。
「誰にでも間違いはあるよね」
“間違い”。
その言葉に腹の底が熱くなった。
確かに、実の兄貴に恋愛感情を抱くなんて“正しい”ことじゃない。
だから兄貴は俺が誰か別の人と“間違えた”と思ったのかもしれない。
けれど俺は、俺なりにマジで兄貴が好きで、勢いとはいえそれなりにマジメに告白したんだ。
“間違い”なんかじゃない。
そんな簡単な言葉で否定してほしく、ない。
「兄貴」
好きだ。愛してる。
そんな想いを込めて、もう一度かみついてやった。
また泣かせてしまうかもしれない。
そんな考えが一瞬よぎったけれど、俺は開き直ってしまった。
泣けば良い。困れば良い。
俺のことをずっと考えてれば良い。
そうしてこの感情に気付けば良い。
「咲月……ど……してっ……」
なのに兄貴にはちっとも届いてやしない。
なので開き直った俺は堂々と言い放ってやった。
「兄貴が好きだから。マジで愛してるくらいに」
「……っ」
そしたら兄貴の奴、また泣きやがった。
女みたいによく泣く奴だ。
二十歳とっくに超えた立派な男のくせに。
「悪いな。でも生憎“間違い”なんかじゃ済ましてやれないくらいマジだから、俺」
「……咲月のバカー」
ぱたぱたと漫画みたいな涙を零しながら、兄貴が口を開く。
しかもアホな奴にバカとか言われた。
「オレがっ……今まで、どんな気持ちでいたと思うんだよー……」
「いや、だから悪かったって」
「……違うー……っ」
兄貴の漫画みたいな涙はなかなか止まらない。
俺は人体の60%は水分なんだということを唐突に思い出し、実感していた。
「オレも……咲月ー好きだっから……っ」
その間にも兄貴は涙の合間に言葉を落とす。
落とされた言葉の意味を理解した時、俺は自分でも驚くぐらいマヌケな声が出て。
それを兄貴は笑いやがった。
ムカつくけど、まぁ泣かれるよりマシかと思って見ていたら、
今度は兄貴が俺にかみついてきた。
END
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この物語はフィクションであり、未成年の飲酒は法律で禁止されています。
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