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一筆啓上 伽椰子(かやこ)、健やかに過ごしているか。 千登勢(ちとせ)も息災か。 また、そなたたちと共に暮らせる日が来たことを嬉しく思う。 幼い千登勢は父の顔を忘れてはいまいか。 とても不安だ。 心が(はや)っているからか、今宵もそなたを夢に見て、たった今そなたに会ったような心持ちがする。 一刻も早く江戸に参勤し、そなたたちの側に在りたい。 良い知らせがあれば、いつも同じ事でもいいから、手紙を送って欲しい。 皆々、健やかに過ごせ。                     忠順  江戸屋敷にて、伽椰子は夫から届いた文を大事そうに胸に抱きしめた。  力強く伸びやかな夫の文字は、自由闊達な夫そのものだ。  藩主であり、藩に留まる忠順は伽椰子を寂しがらせないよう、七日毎に江戸に文を送ってくる。  他の藩に比べて江戸から近い事もあるだろう。  忙しい仕事の合間に文箱を開き、思案しながら筆を持つ夫の姿を思い浮かべると、胸に温かいものが広がる。  庭で、乳母(めのと)立波(たつなみ)と鞠つきをしている千登勢に声をかけた。 「千登勢、いらっしゃい。父様からの御文が届いたわ」 「千登勢様、御父上様からのお文ですって。御母様のところへ参りましょうね」  ぷくっとした頬の、丸い幼顔できゃきゃきゃと笑っている千登勢は、その様子で乳母を笑顔にさせた。  乳母から我が子を抱き取ると、伽椰子は千登勢の頭に自分の頬を寄せる。 「もうすぐ、御父上がそなたに会いに来ますよ。楽しみですね。御父上になんと返事をいたしましょうね……」  忠順からの手紙により、江戸屋敷でも準備に入った。  部屋の掃除、寝具類の準備など大層慌ただしく月日が過ぎた。  そんなある日、江戸屋敷の女主人である伽椰子は、裏庭の片隅で泣いている下女の姿に遭遇した。  伽椰子が裏庭を見に来たのは、かねてよりこの屋敷が好きだと言う忠順のために隅々まで確認し、整えておこうと思ったからだった。 「どうしたの? 何事か起きましたか?」  伽椰子は優しく声をかけた。  突然の声にビクッと肩を震わせて、手で涙を拭いながら振り向いた。 「奥方さま! 申し訳ございません」 「いいのよ。それより、何かあったの?」 「いえ、何も……」 「私はこの家の主人として、この家の者たちに幸せでいてほしいと思っているの。私に話して貰えないかしら?」  下女は溢れる涙を前掛けで拭った。 「勿体ないことにございます」  伽椰子は下女の話に耳を傾けた。
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