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「伽椰子! 参ったぞ! 千登勢はおるか!」  江戸屋敷に無事に到着した忠順は、家臣らを労うと、妻と子の元に駆けつけた。  三つ指をついて頭を下げている伽椰子と母の後ろでもじもじしている幼い千登勢の側に寄ると、二人を抱き抱えた。  すると、千登勢は驚いて火がついたように泣き出した。 「お、おう。すまない。泣かせてしまった。千登勢、父じゃ。忠順じゃ」  慌てて幼子に謝る忠順に伽椰子と乳母の立浪は、顔を見合わせて微笑む。 「千登勢、父上(ちちうえ)ですよ。ご挨拶なさいませ」  母の伽椰子に言われた千登勢は涙を拭いて、ちょこんと正座し、手をついて頭を下げた。 「忠順様、ご無事の到着安堵いたしました」  忠順は伽椰子に寄り添う。 「伽椰子、会いたかったぞ」  一頻(ひとしき)り、親子再会を喜び合ったあと、忠順は伽椰子の頼み事を聞き入れた事を話した。 「高松雪乃が夫、高松虎見は藩に残して来たぞ。そなたから理由を聞かねば、私は気づかないところであった。礼を言うぞ。伽椰子」 「それは、ようございました。お優しい殿であれば、聞き入れて下さることと思っておりました」  (くだん)の下女は虎見の妻、雪乃の親戚筋にあたる娘であった。  雪乃の病状が思わしくなく、参勤交代の報せを聞いて雪乃が気の毒に思えて泣いていた。  あの日、娘から全てを聞いた伽椰子はなんとかしてやりたいと考えた。  とは言え、女の自分が藩の事に口は出せない。  娘から虎見が山歩きと茸採りの名人であることを聞き、一計を案じた。  藩内の山で、この時期にしか生えない子宝に恵まれるという効能を持つ茸が欲しいと、忠順に文を書いたのだった。  下女から聞いた「高松虎見」が山入りと茸採りの名人だと言うこと、虎見の妻、雪乃が胸の病を患っていることを忠順への手紙にしたため、窮状を報せた。  愛する妻からの手紙を読んだ忠順は、直ぐに高松虎見を調べさせ、雪乃が寝込んでいることを知り、茸を採って江戸に送る手配をする、と言う仕事を命じた。  この命により虎見は公に藩に残れることとなった。  自分の藩に仕えてくれる者たちを大切にしたいと考える伽椰子と忠順の優しい想いは、家臣たちにじわりと広がる。  この後、忠順と妻伽椰子の御為ならばと考える家臣たちが多く集うこととなる。
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