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一
「おいっ、持ち物一覧はどこだ? 確認が出来なかろう。早ぅ持って参れ」
「今、御料理人役から一覧が届いたところだ」
包丁などの類であろうと一覧を覗き込んだ男は驚愕の声を上げた。
「なんと! 漬物石っ?!」
一覧を手にする男は慣れたものとばかり、軽くため息をつく。
「仕方あるまい。一年もの間、殿の食事を用意せねばならぬからの。香の物はなくてはならん」
「そういう物なのか」
「そなたは今年から殿の世話役になったから、知らぬのも仕方ない」
「料理人役からの一覧がこの量では先が思いやられるな」
言われた男は、相手の肩にポンと手をかけて薄く笑った。
「御召物、御履物、馬に飼葉。一つとして抜けは許されぬ。心して用意せねばな。悪くすると首が飛ぶぞ」
まだ桜も咲かない早春の頃であるにも関わらず、城内は小走りになる者も多く、熱気が立ち込めていた。
「大名・小名の在所と江戸の交替は、毎年決めた
時期を守り参勤する事。従者は多数にせず 相応に減らす事。但公役の時は財力に応じる」
家光公の時代に幕府が諸大名統制の為に制定した武家諸法度第二条により、大名たちは交代で江戸に居を移すことを余儀なくされた。
華美すぎても、貧相でもならぬ。
と言って、江戸への引っ越しばかりに予算も掛けられない。
慣習と合理的さの間で、大名の側用人たちは準備に奔走していた。
思い悩んでいたのは側用人ばかりではなかった。
家督を譲り受けた若き藩主も、初めての参勤交代で粗相があってはならぬと老職から長い時間をかけて指南を受け、小さく嘆息をもらした。
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