4.国語

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4.国語

 学校一番の人気教師、鰭ヶ崎先生が登壇する。 「姉ヶ崎でも龍ヶ崎でもなく鰭ヶ崎です」が定番の自己紹介になっているが、先生によるとこれ自体が俳句なんだそうだ。五七五でもないし、季語もないと思うが、そのゆるさがうるさくなくて生徒受けしている。 「今日は春の嘘俳句を作っていきましょう。情景でも内容でも嘘というかフィクションが入っていればいいということで。誰か口火切ってもらえますか」  川田が手を挙げる。目立つことをためらわないというのは良かれ悪しかれ異能だと七原は思う。 「川田君、どうぞ」 「朝起きて  桜より高い  芝桜 です」 「ほほー、ふだんは地面すれすれに咲いてる芝桜が桜より高いんですね。気宇壮大できれいな嘘ですね。一応授業なんで、中の句に手を入れて、  朝起きて  桜見下ろす  芝桜 って擬人化してみるのはどうでしょう? はい、次は桐山君、お願いします」 「家出する  ぼくの背中に  朧月 あ、家出なんかしませんから。嘘ですから」 「わかってますよ。朧月は春の季語で靄や霞でぼんやりした月ですね。そういう月に見送られて家出するっていうのがあやふやな感じでいいですね。  家出する  猫の背中に  朧月 っていうのはどうですか? 深刻さがさらに減ってユーモアが増すかもです。あ、何人も手を挙げてくれました。じゃあ、杉村君いい?」 「桜餅あるあるで詠みました。  桜餅  ためらいながら  葉っぱ食う」 「ホントあるあるですね。葉っぱ食べる人と食べない人、状況でも分かれそうです。  桜餅  ぼくの分まで  葉っぱ食う こういう女子好きじゃない?」  いや、それは先生なんだけど。 「じゃあ、次は相馬さん」 「はい。目借時で詠みました。  宿題を  広げた午後の  目借時 です」 「おもしろい季語に挑戦してくれました。目借時は『蛙の目借時(かわずのめかりどき)』が元だと言われます。春が眠いのはカエルが目を借りるからだと見立てたものだそうです。また、「妻狩る」という意味もあって、カエルなどが異性を求めて鳴く様子とも言います。相馬さんのような優等生もこの季節は眠いってわかってみんな励みになるかもね。で、後の方の意味も匂わせて、  宿題を  独りで済ます  目借時 ではどうですか?」 「先生、なんていうか恋の方に持っていくの好きですね」  相馬さんは少し照れながら言った。 「嘘だから。今日でなくても嘘恋愛だから」  鰭ヶ崎先生はもっと照れていた。 New Year's Eve年度末の三月三十一日のことです。          お得意さんに叱られると、ヤケになって 酒を呑のむ。     呑のむと また 仕事が雑になって 失敗する 悪循環あくじゅんかん。          ついには 商売そのものに 嫌気いやけが差し、昼となく 夜となく、     家で 酒ばかり呑のんで、ロクに 仕事にも 行かなくなってしまいます。          そうこう するうちに、一年も 押おし詰つまってまいりました、十二月 ――      女房:おまえさん、起きとくれよ。          ちょいと おまえさん。     起きとくれよ。     おまえさん。     ちょいと!     おまえさん!『
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