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5.数学
2時限目は呉田先生の数学だった。
「はい、みなさん。数学は好き? 嫌い?」
生徒たちに手を挙げさせる。好きが8人、嫌いが13人、他の者は挙手しなかった。
「いいわぁ。手を挙げなかった人がちょうど21人で、フィボナッチ数列になっているのね。とっても美的」
「呉田先生の美意識ってよくわかんない」と七原が言うと、
「美意識よりおねえ言葉がキショイ」と典子が答えた。ふだんからオカマキャラなのはブレてないからいいと七原は思う。
「今日は数字や数式を使わない授業をします。うれしいでしょう?」
「はーい」
「うれしいでーす」
「こいつら権力に飼いならされていやがる」と川田がつぶやく。
「では話を始めますね。呉田先生は嘘つきです。そうするとどうなりますか?」
「『呉田先生は嘘つきです』という言明も嘘ということになって……あれ?」と三村が言う。素直すぎるだろと七原は思う。言明なんて言葉を三村が使うのはあやしい、また仕込みか。
「そうなのよね。呉田先生は嘘つきじゃないことになっちゃって、『呉田先生は嘘つきです』は嘘ということになり……」
「呉田先生は本当のことを言うことになって、『呉田先生は嘘つきです』も本当になって……おおー、また同じことの繰り返しだ! まるで取って取られてのオセロ!」
「どうしたらいいんだ! 救いはないのですか?!」
「むずかしい問題ですね、で締めるのか?」
茶番劇を苦虫を噛み潰したような表情で見ていた川田は、
「つまらねえ!」と吐き捨てる。
「こう言えばいいんだ。『それあなたの意見ですよね』ってな!」
一同黙り込む。呉田先生も一瞬表情がゆがんだが、すぐに微笑して言う。
「いい指摘だわ。偽命題と自己言及命題を組み合わせたところにこのクレタ人のパラドックスが成立するんですけど、真偽値が極端から極端に振れるのを相対化させてしまうのは名案じゃないかしら」
すぐに話がむずかしくなるのは、数学の先生の良くないところだ。
「じゃあ、『それデータあるんすか?』というのも効き目あるよね。呉田先生が過去にどれだけ嘘を言ってたかという統計を取ればいいような」と川田。
「いいわぁ。データは大事よね。でも、巧妙な詐欺師はもっともらしくデータを利用するから気を付けて。そう言えば北極の氷が溶けるという話とバタフライエフェクトという話って両立するのかな。数学とは特に関係のない話だけど」
呉田先生はひょいと頭を下げて教室を出て行ってしまった。ふだんから『授業は長いから良いってことはないのよ。数学の論文と同じなのよ』と言って、授業を切り上げることのある先生だから、生徒は驚かなかった。しかも、授業はお昼休み前の4時限目であり、折しも食堂から揚げ物のおいしそうなにおいが漂って来ていたのだった。
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