![dc1c95b0-293d-4a8c-8c88-d39e5ba99ac2](https://img.estar.jp/public/user_upload/dc1c95b0-293d-4a8c-8c88-d39e5ba99ac2.jpg?width=800&format=jpg)
会話がないまま、もう一時間が過ぎようとしていた。
淡い夕焼けが空を染める時間、ひとけのない道路を進む車の助手席で、アリスは静かに窓の外を見つめていた。
ただ、頭で考えていることは隣で運転するアレンのことだけだった。
二人のどちらかが何か話を切り出せば、車内の気まずい沈黙にはひとまず終止符が打たれる。でもそのあとに続く会話のせいで、もっと気まずい空気になるのはわかっていた。ひょっとすると、次に訪れる沈黙は一時間ではすまないかもしれない。
夕日に染まった窓の外の景色は、気まずい沈黙を忘れさせてくれる、アリスにとってのただ一つの救いだった。
車内の沈黙が破られたのは、あるとき突然だった。
「もうじゅうぶんだろ? どこまで行けばいいんだ?」
「……もっと。もっと遠く」
ため息混じりに訊くアレンに、アリスは無愛想に返事した。
「このまま行っても森しかない。Uターンして街に戻ったほうが時間はつぶせる」
「嫌。街には戻りたくない」
「母さんにこれ以上心配かけるつもりか」
「なに? わたしがいけないの? 悪いのはお母さんだから」
「また始まった」
呆れるアレンを尻目に、アリスは一方的にしゃべり続ける。
「だいたいあの人がわたしを心配してくれたことなんか一度もない。わたしなんか一生帰ってほしくないって思ってる」
「アリス、それは違う」
アリスはそっぽを向いて、また窓の外に目をやった。
外の世界は、夕陽によって朝には見せない柔らかな色合いを帯びている。でも、その陽射しもアリスの心の靄を晴らすことはできない。
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