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† † †
夕陽が影を落とす車内に、また沈黙が訪れる。
アレンはただハンドルを握って前を向いて、アリスはただ窓の外を見つめている。
二人は言葉を交わすことなく、それぞれが自分の世界に閉じこもっていた。
アリスはこの沈黙を破る言葉を見つけられずにいた。外を流れる景色はアリスにとって、現実からの一時的な逃避だった。
夕日が照らす道、遠くに見える山々、そして徐々に灯りをともす街の光。これらすべてが、アリスの心の中にあるもやもやとした感情と対照的な、平和で静かな美しさを持っている。
車内の空気は一層、気まずさを増して重くなるばかりだった。
アリスには、この沈黙が耐えられなかった。
「ねえ、ラジオつけて」
アリスがそう言うと、アレンは返事もせず、億劫そうにカーオーディオをつけた。
カーオーディオから流れる気象情報は、アリスの頭の中には入ってこない。
夕焼けの山道は森で鬱蒼と生い茂っている。
一台も車が通らない物寂しい道の奥深くに、アリスとアレンの乗る小さな車は進んでいった。車のヘッドライトは道の先をわずかに照らしている。
いつしか、空の雨雲は雷雲となった。遠くの空にうっすらと雷光が見えた。
雷鳴はまだ聞き取れないほど小さいが、これからの天気が悪くなっていくことだけはわかった。
空に、雷光に照らされて丸くて小さいものが映った。
アリスは一瞬、それが何だかわからなかった。だんだんと激しくなる雷によって、ようやくその姿がはっきりと見えた。
それは真っ赤なハートの形の風船だった。
いったい誰が手放したものなのだろう。ハート形の風船は、持ち主の手を離れて、一人寂しげに空に浮かんでいる。
まるで、アリスたちの乗る車の行方を見つめているように。
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