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試着
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「ちょっと待って。あたし、こんなの着るの嫌なんだけど」
香織さんがずらりと並んだ商品を一瞥して、顔をしかめた。俺は何とかその気になってもらおうと、香織さんの好きなからし色を探して手に取った。
「ほら、これなんか香織さんが好きな色でしょ?」
「確かに好きだと言われれば好きだけど……」
香織さんが気をよくしたわずかな隙を狙い、俺はハンガーから三点セットのうちひとつを取りはずして香織さんの腰に当てた。腰に巻いて使うパレオだ。
「これだったら、ちゃんと下半身が隠れるよ」
「ほんと?」
香織さんが視線を落として確認する。
「ね? ちゃんと体型もカバーしてるでしょ?」
香織さんは体型を気にするが、俺にとってはその細すぎない太ももが好きだ。だが本当のことを言うとお買い上げに至らないので、とりあえずよいしょしようとするも……。
「確かにこれなら巻きスカートと変わらないかもね」
案外香織さんも乗り気だったらしい。それならこのまま何も疑問を持たずにレジに……と願うが、香織さんは疑り深かった。
「でも、上半身はこれだけじゃ嫌」
ということは、下半身はパレオを受け入れたのか。巻きスカートよりも布の面積が少ないパレオを……。
いけない、香織さんの気が変わらないうちに、この水着三点セットを何としてでも買わなくては。
俺は、太ももにのせたレジかごに香織さんから受け取ったパレオをさっと入れ、車椅子を移動させた。あらかじめ目をつけておいた、ラッシュガードが並んでいる売り場だ。
「ほら、羽織るものなら、このあたりにいっぱいあるよ」
「ほんとだ……。これなら日焼け対策ばっちりね」
「うん。強い日差しからしっかりと守ってくれるから」
数あるラッシュガードから香織さんが選んだのは、シンプルな白いフードつきのものだ。さっきレジかごに入れたからし色の水着三点セットとも相性抜群だ。
無事に会計を済ませることができて、俺は油断していた。
「今度は、真也くんのを選ぶ番ね」
「えっ、俺のは適当でいいって。何ならネットで注文しても……」
「だめ。ちゃんとあたしが選ぶの」
車椅子が押される。観念した俺は、ハンドリムから手を離した。
「俺の海パンなんて、それこそどうでもいいのに」
「それはおかしいよ」
「何で?」
「真也くんがさっきあたしの水着を選んでくれたのは、あたしに期待しているからでしょ?」
「うん」
俺は膝に抱えた買ったばかりの水着を想像する。きっと香織さんによく似合うことだろう。今夜さっそく試着してもらおうかと画策してしまう。
「じゃあ、あたしも真也くんに期待してもいいでしょ?」
「俺に、期待……?」
「あたしだって、真也くんに似合う水着を選びたい」
車椅子ユーザーだからと、俺はこういう機会をあきらめていた。だが、誘ってもらった夏のマリンアクティビティ。
そうか、それは香織さんにとっても楽しみなことなのだ。そう思ったら、よけいわくわくしてきた。
「じゃあ、香織さんに選んでもらう」
「任せなさい」
紳士用の水着売り場で香織さんに選んでもらったのは少々派手なものだったが、この身体になって初めての水着とマリンアクティビティに、早くも胸を躍らせる俺だった。
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