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「済んだ」
俺はそう返事すると、起き上がってドアを凝視した。
そっと開かれるドア。恥ずかしそうに寝室に入ってくる香織さんを見て、俺は危うく気絶しそうになる。
「どう……かな?」
「めっちゃかわいい」
決してセクシーではないセパレートの水着。だが、俺にとっては十分セクシーに見えた。
トップはスポーツブラのような無難なシルエットに、腰に巻いたパレオ。無地のからし色のトップとボトムに対してパレオは白地に大胆なひまわり柄がプリントされているので、まずはそこに視線がいく。
「香織さん、ちょっとだけ左を向いてくれる?」
「こう?」
香織さんが左を向く。パレオの隙間からのぞく太ももから膝、ふくらはぎから足首にかけてのライン。かわいい。いや、それどころか、俺にとってはセクシーそのものだ。
「もういい?」
香織さんの言葉で我に返った。
「あっ、ごめん。すごくかわいいからつい……。もうちょっとその姿を見ていたいけど、寝ようか」
だが、今度は香織さんが何やらもじもじしだした。
「あの……そうじゃなくて……。真也くん……、パジャマの上、脱いでくれない……?」
「え、俺?」
「だから、さっき言ったじゃない。あたしだって、真也くんの水着姿見たいのよ……」
「脱ぎます、脱ぎます」
ふたつ返事で、俺はパジャマの上衣を脱いだ。そんな俺の隣に香織さんがやってきて、肩を並べて座る。
エアコンが効いている寝室。香織さんが寒くないかと気遣った俺は、布団を上げようとした。だが、断られた。それならと、俺は脱いだばかりのパジャマの上衣を香織さんの肩にかけた。
「ありがと」
緊張しているような香織さんに戸惑いつつ、俺は何とか言葉をひねり出す。
「きっと水着なんて着たくなかっただろうに、ありがとうな」
「ううん。でもあたし、初めてだから……」
「初めて?」
「今まで生きてきて、夏に海で遊ぶことってなかったの」
香織さんはこれまで、勉強や仕事一筋だった。医師になってからも自己研鑽は続き、遊びとは無縁の日々。もっとも仕事が趣味を兼ねているような生活だったので苦痛に感じることはなかったが、香織さんも俺と出会って変わったのだ。
「これまで仕事一筋で、あたしの人生充実してた。それで一生が終わるなら、幸せだなぁって思ってた」
「うん」
「でも、真也くんと結婚して島に移住して、自分のペースで仕事ができるようになってわかったの」
何がわかったのか聞こうとした時、俺は盛大なくしゃみをしてしまった。裸の上半身にエアコンの風が効きすぎたらしい。
「真也くん、寒いよね」
香織さんがそう言って俺のパジャマを半分かけてくれ、身体を密着させてきた。一着の上衣をふたりで共有しているかっこうだ。
「あったかい」
「よかった。真也くんは風邪を引くわけにはいかないものね」
「香織さんがくっついてくれてるから風邪は引かないよ。それで、香織さんは何がわかったの?」
「仕事以外にも楽しいことが、あたしにもたくさんあるんだって」
「俺だって、そうかなぁ」
俺もかつては仕事一筋だった。だが交通事故でこの身体になって絶望を知り、香織さんという一筋の光に出会った。そして、今は決して仕事に恵まれているとはいえないものの、撮りたい写真でやりたい仕事ができていると自負している。
「人生、何が起こるかわからないわね」
「そうだなぁ……。俺もいろいろあったけど、今が一番幸せだわ」
「あたしも幸せよ。でも、まさかこの年になって水着を着るなんて思ってもみなかったけど」
その言葉を聞いて、俺は思い出した。試着をしなければならなかったそもそもの理由。
「それで……毛は大丈夫だった?」
「大丈夫……のはず……だけど」
念のため確認してほしいと言われた俺は、その瞬間身体中の汗腺から汗が噴き出したのを自覚したので、かけてもらったパジャマを勢いよくはいだ。そして香織さんの下半身を覆うパレオをそっとはずして──。
念入りにチェックしすぎて香織さんに叱られたのは、言うまでもない。
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