救い求む声あらば

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救い求む声あらば

 助けを求める幼子の声にハッとした。斬るのが可哀想だなどと勝手に同情するのは、あまりに傲慢ではないか。何が最善か、それを決めるのは己ではない。それに憐憫の情で鋒がぶれて下手な太刀筋で刻む事になる方が余程可哀想である。  「俺にできるかわからないけど、やるよ」  ひと太刀で、斬られたことにも気付かぬほど美しく。歴史上の熟練の剣客にはできたというそれを。  決意を胸に呼吸を整える。の様相で集中が切れるのなら見なければいい。雪治はそっと目を閉じた。  感覚を研ぎ澄ます。川までの距離も、憐れな肉塊も、それを操る影も、地面に転がっている石ころさえも、手に取るようにわかる。  肉塊が沈み、跳ぶ。己を目掛けて落ちてくる巨体を右に跳んで転がり避け、木刀に纏わせる霊力を増やして大太刀ほどに刀身を延ばす。座り右下段の構えから斬り上げる。肉塊が影に引っ張られるようにして飛び退く。  それを追うように地を蹴り、宙で手首を返して胴斬りをするが、肉塊はまた上に跳んで避けてしまう。しかし、いくら影の力があっても空中に留まれるわけではないらしい。再び落ちてきたところを狙って真っ直ぐ斬り上げた。  キィーン――。  金属と金属が擦れたような音を立てて刃が受け止められた。肉塊と霊力の刀身との間には、あのがあった。  「嘘だろ……」  神々のせいでもう己の霊力で斬れないものはないと思っていた。それが反物ほどの薄さひとつで防がれた。雪治は思わず目を開けて呆然とした。  これは只事ではない。仮にも神の使いである雪治の霊力が防がれたのだ。それはつまり眼前のが神子の力を上回る存在、若しくはその力の一端である証明だった。神々が戦わせたいのはなのだと悟る。  「霊力効かなくてどう勝つの」  勝ち筋が見えない。それは雪治にとって初めての事だ。その上、を見ているせいで心が絶望へ染まっていく気がした。もう神子なんて辞めてしまおうかとさえ思えた。どうせ、他の誰かがやってくれる。そこまで考えて、けれど雪治はふっと笑みを零した。  「いや、無理だよな」  天晴大御神はああ言っていたが、神子の勤めがこれだけ武の心得を必要とするならば、己以上の適任はいないと雪治は自負している。ひとつ、長く息を吐く。木刀を握り直す。左の袖口からふわりとお香の匂いがした。影と肉塊を真っ直ぐに見据える。もう、吐き気は催さなかった。  「効かなきゃどうするって、そんなの、影が防ぐより速く打ち込めばいい話だよね……!」  言いながら霊力の刀身を木刀に纏わせる形に戻し、脇構えから逆袈裟に斬り込む。後ろに跳んで避ける肉塊を追って更に踏み込みつつ手首を返して左胴斬り、影に弾かれ真っ向斬り、また弾かれて袈裟斬り。  息をつく暇もなく斬り掛かる雪治と、それを防ぐ影との攻防が続く。肉塊自身はもう既についていけていないのか、表出している目をぐるぐると回している。  雪治の連撃は徐々に速くなっている。もっと速く、もっと強く、と戦の最中(さなか)においても向上心の尽きない彼に呼応して、木刀の纏う霊力も研ぎ澄まされていく。青白く淡い光のそれが次第に白く明るくなる。  それはまるで神力に近い輝きだった。  影の動きが追いつかなくなっていく。いける。そう思った雪治は瞬時に刀身を延ばし、影を避けて横一文字に肉塊を裂いた。  ――。  無音の間。肉塊から童子だった者たちの断末魔は聞こえない。彼らは斬られたことにも気が付かず、そのまま粒子となって消えていった。今度は苦しまず逝けただろう。安堵で緩みそうになる心を抑えて、雪治は宙に留まっている影を見据える。  だが、気を抜かずにいる雪治に不利を悟ったか、力が万全ではないのか、影は空高く飛び姿を消してしまった。  「忌々しい神子め」  そう零して消えた影が飛んでいった方を暫し見つめていたものの、流石の雪治も上空へ去ったものを追跡することはできない。煮えきらない思いを抱えつつも、仕方ないと溜め息を吐いて木刀を収めた。
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