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本棚に追加ーはじまりー
騒がしい音楽と、鮮やかな光が目に飛び込んでくる近所のパチンコ屋に私はいた。
店内をぐるりと見渡しても、客は数人いるだけだった。それもそのはず、今は火曜日のちょうどお昼1時を過ぎたところ。24歳の若い女の私が、平日の昼間からパチンコ屋にいるなんて、訳アリだと思われても当然だ。
確かに今現在、仕事といえばアルバイトしかしていない。2年前は正社員として働いていたこともあった。けどすぐに辞めしまい、このような生活を送っている。
店に来る目的は人ぞれぞれ違っても、同じ思いで玉の行方を見つめている。
私の目的は、嫌な過去を忘れるため。
パチンコに集中している間だけは、嫌なことを思い出さずにいられた。
ここは過去を忘れたい私にとって、唯一救いの場所だった。
「どうしたおねえちゃん。調子はどう」
隣の台にやってきた白髪頭のおじさんが、心配そうに声をかけてきた。
おじさんの名前は「松川茂雄」さん。店の近所に住んでいる、見た目は若いが実年齢は75歳、ほぼ毎日お店に通っているという常連さんだ。
おじさんは、いくら店内が空いてても、私を見つけると必ず隣に座ってきては、いつもこんな風に話しかけて来る。
初対面の時も今と同じ口調で「おねえちゃん」と、妙になれなれしく話しかけてきたので、私はひどく警戒してしたのを覚えている。
あの頃の私は、人生にひどく失望していた。そして心がとても疲れ切っていた。他人をすぐに信じれるような状態ではなかった。
けれど事実はそうではなくて、おじさんはとても親切でやさしい人だった。お店の従業員やお客たちからは、「しげさん」と呼ばれ、なかなかの人気者だった。
お店に通う中でこの事実を知った私は、徐々に警戒心を解いていき、今では隣同士でパチンコをする仲にまでなった。おじさんのフランクな声掛けが、頑なだった私の心を少しずつ解放してくれたのだ。
おじさんには、とても感謝している。
そんなある日、おじさんは両手にポリ袋をぶら下げた格好で店にやって来た。
「どうしたのその荷物。すごく重そうだね」
いつもと違うおじさんの姿を不思議に思い、声をかけた。
「ああこれ?これはさぁ、おねえちゃんにプレゼント」
そう言うと、おじさんは右手に持っていたポリ袋を、すっと私の前に差し出した。
「えっ何?」
袋の中身は、ピーマン、ブロッコリー、ニンジン、そして下の方には、ジャガイモの姿も見えた。戸惑う私におじさんは答えた。
「この野菜はな、俺が作った野菜だよ。どうだ、うまそうだろ」
採ったばかりなのか、どれもみずみずしく、新鮮な野菜だった。確かにどれも美味しそうだ。
「えっ、でもなんで私に?やっぱ悪いよ」
遠慮がちにおじさんを見た。
でも本音を言うと、欲しくてたまらなかった。けれど、正当な理由もないのに、もらう訳にはいかない。親しい仲にも礼儀は必要だから。
「いいんだよ、いつも俺なんかの相手してもらってるお礼だ、お礼」
お礼って言われても、私はただ隣に座って世間話をしているだけ。何も特別なことはしていない。
「もらっときな、いいんだよ。しげさんは、あんたとおしゃべりして、若さを取り戻してんだとさ」
おじさんと私のやり取りを、後ろで見ていたおばさんが、笑いながら声をかけてきた。
「なんだよ、ばらすなよ。まったく。ほら、こっちは婆さんにやるよ」
おじさんは残りの袋を差し出すと、ばつの悪そうな顔で、おばさんに手渡した。
「なんで私のことは婆さんなんだよ。まったくひどいねぇ。けどもらっとくよ。ありがとさん」
言葉とは裏腹に、おばさんの顔はすごくうれしそうだ。
おじさんの野菜はすごくおいしかった。スーパーで売っているものとは格段に違った。
でもそれ以上に、我が家の家計が救われることにとても感謝していた。
おじさんありがとう。

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