待ての間の噂話

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待ての間の噂話

私の日常は、朝起きて、書籍店に行って、仕事をしたら帰る。これのルーティンだ。 週に一回は実家に帰っているが、実は一人暮らしをしている。 前世の時の、一人暮らしの快適さが忘れられなかったから。 両親は心配して反対したものの、それでも私を一人の成人した人間として認めてくれていた事。そして私が家事がバッチリこなせるという事で了解を得た。 その代わりに、週に一回は実家に顔を出す決まりを設けられた。 実家が嫌いな訳では無かったが、やはり一人暮らしは好きに過ごせるのが良い。 住んでいるのは三階建てのアパート。 前世と違ってエレベーターが無いのが辛いけど、高台に建てられ、更に3階に住んでいるので見晴らしが良い。 少し先の海まで見えるのが素敵なのだ。 休みの日は、窓を開けて好きなドリンクを用意して読書をしたり、好きな花を飾ったり、満喫している。 ふふふ…。まぁ、なんと言うか…自立は大人の女性としての第一歩よね。 書籍店も、オーナー…と言うか元締めは父だけど、経営方針とか売上管理…店の全ては私が取り仕切ってるし…。 目かけだけは、女実業家。 自分の考えに浸って、大人の女気分で笑いが出てしまう。 …オトナ…。 そうだわ!!オトナな女性としてランガス様と接すれば、見た目がパッとしない私でも少しは色気ムンムンになって良いかも! ちょっと都合良く考えてる気はするけど、きっと今よりはマシになるかも! よし。そうと決まれば、今日の休日は服や小物を選びに行こう。目指すは妖艶な女実業家だわ。 気合いの入った私は、出かける為に支度をするのであった。 ◇◇◇◇◇◇ 「…はぁ?妖艶な服?頭壊れたの?」 いつもの店にやって来て、馴染みの店員で友人でもあるアミナに言われた言葉である。もう少し優しく言って欲しい…。 「…いや…女…実業家…みたいな…」 アミナの全否定気味な言葉に、私の言葉も弱めになってしまう。私、お客様なのに…。 「…いや〜、ミリー…ちょっと厳しいかも?合わないわよ貴方には」 「…え?何で?…とりあえず合わせる様に頑張るから、オススメな妖艶服持ってきてよ」 妖艶服ってなんだ。自分で言っといてちょっと思ってしまった。体操服じゃあるまいに。 「…まぁ、売上になるから売るのは良いけど…絶望するわよ?」 そんなに!? 何がそんなに駄目なの?わたし…。 「…スタイルは良いのよ。オッパイ大きいし、ウエストもコルセット要らないわって思うくらいよ。でも…顔が…」 アミナの言葉に、物凄い衝撃を受ける。 顔!? そんなに駄目な顔!? 「今のスタイルの方がよっぽど…」 「良いから持ってきて!顔も化粧でどうにかする!」 話を続けようとするアミナの言葉を遮り、私は商品を持ってきてもらう。 少ししてアミナが持ってきたのは、紺地のラメ入り生地で作られたドレス。ボディラインピッタリのマーメイド型。孔雀の羽根の扇。9センチヒールの靴。 これ…仮面舞踏会の衣装?って一瞬怯んだが、いかんいかんと思い直す。 「…これを購入するには条件があります」 アミナは商品を私にみせた後に何やら言い出した。 「…条件?」 言葉を繰り返した私にアミナは頷く。 そして妖艶ドレスの横に、もう1つドレスを掛けた。 「…コレも可愛い妖艶ドレスです」 白が強めのベージュの、オーガンジーが幾重にも重なったスカートのドレス。しかし膝下から下は生地が減って足の形が丸見え。生地は少しラメが入っている。上も、オーガンジーがフルに使われていて、バックレスのホルターネックドレスだ。 背中パックリだ。でもちょっと大人しめ。 「何でいきなり妖艶な服なのかは分かんないけど、二つ買っときなさい。あと、今度飲みましょう。詳しく聞きます。でもここに用意させた服は買わせます。」 ちょっとここの店員、おかしくありません? 押し売りなんですけど。 とはいえ、紺地のドレスだけ買うのは勇気がいったので、結局両方買うようにした。ちょっと痛い出費だけど、たまには良いか。この店、何気に良心価格だし。 そんな時、他のお客さんが来店してきた。二人組の女性だ。 私は持ち帰りの用意をしてくれるアミナを待つのに、窓際の椅子に移動する。そしてアミナには、私の服は後回しで良いと合図を送る。 客商売ですからね。女実業家ですからね。 出来る女は違うんですよ。 今日の私は、女実業家がテーマですから。 窓際で足を組んで、のんびり外を眺める…ふりをする。 仕草から女らしさを取り入れるのもアリよね。 ランガス様に似合う女性になりたい私は頑張らなきゃ。 フフ…。一人で浸りながら外を見ていたが、二人組の女性が噂話をしながら服を選んでいる声が耳に入った。 「ほら、冷酷総司令官の人がいたじゃない!退団した…あの人…」 「…あぁ…一時期話題になってたよね?降格されたんだっけ?今は憲兵の取り仕切りをしてるんじゃなかった?」 「そうそう。顔は良いけど一瞥するだけで、女性への礼儀がなってないって人。…あの人…孤児院買ったって。人身売買でもするんじゃないかって噂よ」 二人は笑いながら服を見て話している。 ん?孤児院? 最近聞いたワードに、耳を傾ける。 「…でもさ…、確かあの人どっかの未亡人と良い仲だったって話なかった?その未亡人の為の慈善事業なんじゃないの?」 アミナは、二人で服を選んでいるようなので邪魔をしないように、先にミリーの服を袋にまとめてくれていた。 「…なるほど…その線もアリだわ。未亡人に惚れ込んでいるのかな?でもあの無愛想っぷりはなぁ〜。未亡人の前じゃ変わるのかな?」 「…知らないわよ。でもそうかもね。妖艶な女性ならあの冷徹総司令官も…あ、元か。その人もコロッと落ちちゃうかもね。…あ、思い出した。オーブラカ卿だわ」 「あっ!そうそう。ランガス・レオン・オーブラカ」 アミナから紙袋を受け取りながら、私はピタッと動きを止めた。 え?今の話、ランガス様の話? 冷徹総司令官?降格?未亡人? 一致しないワードに、頭を捻る。 私の中のランガス様は、優しくて紳士で…。 まぁ、噂話だし。私の知ってるランガス様とは…。 そこまで考えて、自分で自分につっこむ。 フルネーム一緒じゃないか!!当人ダヨ! 「…ミリー?どうかした?」 「…あ…いや…何でもない…。」 アミナの渡す紙袋を貰い、私は立ち上がった。これ以上は噂話を聞いてはいけない気がしたからだ。 「…あのさ…」 「…帰るよ。ありがとう!!」 アミナの言葉を遮って、私は店を後にした。
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