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辺境地の話
ランガス様が、自分を知ってもらうと言って語った話は驚きの連続だった。
前置きで、何度も何度も、
「この話を聞いて君が身分がって気にするなら、私は市井に下るからね」
と言われた。
何が何だか分からない私は、とりあえず頷いた。
まず、最初は。
ランガス様は子爵ではあるけど、侯爵家の人間だって事。
子爵の時点で“身分違い”と言ってた私は心底驚いた。
そして少し前まで騎士団にいたと言っていたけど、そこで“総司令官”の役を賜っていたという事。
職を辞したのに今回で最後だからと、今日は護衛に駆り出された事。
更にランガス様のお父様は宰相閣下で、弟さんは宰相補佐官。
でも本当はランガス様が宰相補佐官になる予定だった事。そしていずれは宰相になる予定だった事。
とにかく全てに悲鳴を上げそうになった。
何でそんな人が私を好きだと言ってくれているのだろう?
「…君はちゃんと話してないと、一人で全く違う事を考えて泣いてしまいそうな気がするから、決死の覚悟で話してる。だから代わりに、君は変な遠慮はしないで今まで通りにして欲しい」
と、ちょっと目を逸らしてしまいそうな事を言われた。
これはきっと“未亡人疑惑“とか“妖艶な女性“の事を言いたいんだ…。
最後にまたしても、
「これで君が私から離れるって言い出したら、私は市井に下るからね」
と、ちょっと脅迫めいた事まで言われた。
「…でも何で総司令官?辞めちゃったんですか?」
ちょっとした疑問を尋ねてみる。素人だから分からないけど、普通に考えて勿体なくない?簡単になれるものじゃないだろうし。
そんな私をギュッとして、ランガス様は言った。
「致死量の猛毒を盛られてね。まぁ、最初は耐えれたんだけど…毒の耐性は付けてるし…」
その時点で“は?“って感じだよ。
毒も怖いけど、毒の耐性って…。
「…でも次の日に更に毒を盛られてね。流石に死にかけた。それで…」
「…それは恐ろしい…。怖い…。逃げて当たり前です。怖い世界ですね…」
ヒィッってなった私にランガス様は笑いかける。
「…いや、怖いとかはなかったんだけど…何か…疲れちゃってね…人を疑うのに…」
怖くなかったんだ…。どんな世界観だ…。
私はもうよく分からなくて、ぼんやり聞いてた。
「…それで、職を辞して…そんな時に君を見かけたんだ。」
「…私?」
「…そう。書籍店が最初じゃないんだ。孤児院での君を見たんだ。子供たちと楽しそうに笑って…そしたら今度は子供たちに優しく微笑んで抱き締めて…。そして読み聞かせをしている君は高潔で…。誰に対しても裏の無い君がとても美しかった…」
抱き寄せて、時折身体を撫でられる。
でもちょっと待って。裏が無いって…。単純な人間って事?
私がムムって考えていると、ランガス様が言った。
「…違うよ…。」
あら、また心の声がはみ出てた。油断禁物だわ。
「…裏の無いって事は、とても強くて…心根が綺麗なんだと…私は思ったよ?自信の無い人間ほど、裏で画策しないと、生きていけないからね」
「…私…そんな自信がある訳じゃ…」
「…自信って言うのは…ちょっと言葉が違うかな…。君は嘘が付けない人だから…。何でも人のせいにするのは苦手だろう?どちらかと言うと、何かあっても自分が悪かったって考えるタイプだよね?」
あ、それはちょっと心当たりがある。と言うか、アミナに怒られるトコでもある。以前怒られた事を思い出した。
と言うか、この短い期間に、ランガス様は私の癖を見抜いてるんだ…。頭の良い人は凄いな…。
「…そんな君を守りたいって思ったよ。だから近付きたくて…孤児院を買い取ったのも…君が切っ掛け。」
そう話すランガス様をジーッと見つめる私に、どうかした?と聞いてくる。
「…いや…あの…友人にも“すぐ自分のせいにする“って怒られた事があって…。そんな癖までもう知られてるんだ…って。頭良い人は違うな…って…」
私はさっき思った事をそのまま口にする。その言葉に、ランガス様はハハッて笑う。え?何か面白かった?
「…私はさっき言った、“裏のある画策をする“気の小さいタイプだよ。…だから人の事を観るし、企むし、予防線を張る。」
ヨシヨシって頭を撫でられた。凄く甘えさせてもらってる気分…。
「…だから…他人に対しても素の自分をさらけ出して、コロコロ表情を替えて、素直に人の感情を受け止める君が強いと思う。…そんな君だから惹かれた。…そのままの君が好きだ…」
「…私も!」
我慢できずに、ランガス様の話に割り込む。ん?って笑顔でランガス様は私を見てくる。
「…ランガス様の頭の良いとこ尊敬します!今までの大変な経験が、人を見抜く力を身に付けさせたって事でしょう?凄いと思います!…だから…凄く優しく、事前に配慮して接する事が出来るんでしょ?…」
力を込めて話す私の話を聞いて、ちょっと驚いた顔を見せた後、ランガス様は嬉しそうに微笑む。
「…ミリー…そういう所だよ…君の美点であり、私が惹かれる所。人の悪い所より先に良い所を見つけてくれる。そしてすぐにそれを認めてくれる…。嬉しいよ…。私を見て、そう思ってくれるんだね」
胸に耳を当てるようにランガス様の上にいた私。その私の耳に届いていたランガス様の心臓の音は、少し早まった。
「…あぁ…君が好きだ…凄く…。離れ難い…。一緒に住みたい…」
あ、また同棲案を出された。嬉しいけど、いきなりそんな事したら、私の心臓がもたないよ。
でも素直に、嬉しいですとは伝える。
「…とりあえず…私は今の仕事をさっさと片付けて、君とゆっくり過ごしたいな…」
現実を思い出したのか、ランガス様はため息をついた。
「…お仕事…大変なんですか?」
「…ウーン…なんと言うか…。この前、ホーガスト辺境地に派遣されたんだけど…」
少し上目遣いで考えながらランガス様は話し出す。
「…輸送ルートの考案をしろって言われて…。交換条件が良かったもんだから受けちゃった」
受けちゃったって言われた。何か可愛い…。しかも簡単そうに言ってる。
「…ホーガスト辺境地…ブドウの森の物語の舞台ですね?険しい山々が連なってるんですよね?」
「…うん。行くには山々の間を遠回りで通るか、山を突き抜けるか…。馬車なら遠回りだしねぇ」
「…ホーガスト辺境地…ブドウが美味しいけど少ししか出来ないとこ…でも…ブドウって急斜面でも育てられるのになぁ…たくさん作ってくれたら良いのに…あ…でも…輸送ルートが…鉄道機関車が走ってれば最高なのに…」
自分の頭を触っていたランガス様が、ブツブツ言ってた私を興味深げにジーッと見た。
え?何?何か変な事言っちゃったかな?
「…鉄道機関車…?面白そう…ちょっと教えて」
楽しそうなランガス様の表情がかっこ可愛い…。
その表情につられて、私は鉄道機関車について詳しく説明する。説明しながら、あれ?何で私鉄道機関車についてこんなに事細かに分かるの?って思いながら。
そして燃料について思い出そうとして、頭の中で見覚えのある四角の枠が出てきた。
あれ?これ…検索ボックス…。
なんと!頭の中に検索エンジンがあるようですよ!私の頭、そんなに高性能な機能がついてるの!?初めて気付きましたけど!?
最高じゃない?便利〜。
そんなことを思いながら、続きをランガス様に話す。
ランガス様はフンフンと頷きながら話を聞き出す。
「…それで…ブドウが急斜面で育つって言うのは?」
「…ブドウとかオレンジって急斜面でも育つんです。」
これについても頭でちょちょいと調べて、それを話す。
川沿いの南向きの急斜面。そして日照時間や水捌けなど、様々な条件が合うという事。
「美味しいワインに向いてるらしいですよ?ランガス様はワインはお好きですか〜?」
「…うん、辛口が好きかな…。面白い話だった。ありがとう。」
ニッコリ笑うランガス様を見て、私も大満足。
喜んでもらえて良かった。まぁ、ランガス様の仕事の話とはちょっと違ったけど。
その半年後、ランガス様に鉄道機関車が出来たよって言われ、顎が外れる勢いで驚いた私なのでした。
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