309人が本棚に入れています
本棚に追加
老骨に鞭を
「私の願いは、我が姫を囲い込みたいだけだよ」
我が主はハイバックチェアに背を預け、悠々と足を組み替えながらそう言った。
「…その為に、ナーマス…君の協力を頼みたい」
不敵な笑みは、私を従わせるに相応しい主へと成長を遂げた証。これを待っていた。
自然と此方も笑みがこぼれる。
前の主であるランガス様の父上も、次の候補だったタルーガ様も私を従わせるには今一つ物足りなかった。
だからこそランガス様はこの手で、私の手練手管の全てを教え込んだ。
しかしランガス様は、その技量はあっても活かそうとはしなかった。従来の器用さが彼の達成感を直ぐに満たし、充足感を満たす事が出来ない事を当たり前と捉えてしまった。
穏やかに過ごし、今生を終える。
それも仕方ないことなのかと、私も同様に諦めた。
一度で良い。己が誇れる主に従い、己の全てで主を活かす。そうして自分の誇りを持ちたかった。
しかしある日を境に、ランガス様の纏う雰囲気が変わった。
堕落した王宮にも、腹の探り合いでしか上位に立てない宰相にも持ちえない燃え滾る雰囲気は、この老骨の命ですら燃え滾らせる。
「…これは最大なる私の秘密だ。聞くかい?…但し、聞いた後の裏切りは許さない。…分かるだろう…?」
絶対君主の命令だ。跪き、頭を下げる。
それをする事が喜びだ。
「…私の姫は、本当に世界に愛される姫だったらしくてね。その隣に立つに値するには、護れるだけの実力を要する」
「…世界に愛されると申しますと…?」
抽象的な言葉に、私は疑問を口にする。
「ナーマス…『星渡りの伝え人』は知っているか?」
「…伝承でございますね。」
ランガス様が突然『童話』扱いされる『伝承』を口にするなら、それには理由があるはず。
『私の姫』と呼ばれる方は、先日この私邸に連れてこられたお嬢様のことだろう。
では、彼女が『星渡りの伝え人』だと言う事だ。
そしてランガス様はその彼女を守り抜く覚悟を決めたようだ。
「『伝え人』から、既に私にもたらされた知識を活かす為に、信用に値する者を集めたい。…覚悟しておいてくれ。正に…老骨に鞭を打つようになる」
こうして、思惑とは若干外れた、無慈悲な主からの命令は下った。
◇◇◇◇◇◇◇
「老骨に鞭を打つ…。えぇ…そうですね。」
齢60を過ぎて、この過酷な職場。
やり甲斐はあるし、主は理想的に育ってくれた。
しかし少し前に起業したばかりの会社一社に加え、今から四社同時に起すとは…。
いくら人伝があろうとも、流石に足りません。
商人をしたい訳でもなかった。
「お一つ提案が。『宝石』の販売店を起こすのではなく、卸業者にしては?『宝石』に価値を持たす為にも、名の知れた御仁の店に販売してもらいましょう?」
これで経費削減。人員削減。
販売店は、どう頑張っても人員が必要になる。そして店舗も経費が莫大にかかる。それを回避したい。
ナーマスの提案に少し思案したランガスだったが、それを良しとしたのか、頷いた。
「…ではちょうど良い…マダム・シャーリーに繋ぎを取ろう」
ナーマスの業務軽減策の為の企みにより、もう一人巻き込まれる事が確定した。
最初のコメントを投稿しよう!