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対決 初手
「…ば…バカ娘…!?」
怒声が響く店内。一瞬にして静まり返った。
ミリーに怒鳴る為だけに、アミナは勢い良く立ち上がった。そしてその姿勢のまま、ミリーを睨んでいる。
「…バカじゃなきゃ、間抜けにしとく?…全く…。とんでもないのを引っ掛けて、厄介事しかないじゃない!!」
「…厄介事ってなによっ!!…どんな人か知らないくせに、何でそんな言い方するのよ。」
アミナの言葉に、ミリーは過敏に反応する。
「侯爵家の息子で、本人も爵位を賜る程の人物よ?…市井の人間が関わって何が良い事があるのよ!?しかもあのオーブラカ卿でしょ!?今は良くても、すぐにコロッと態度が変わるわよ!!」
アミナの言いたい事は、ミリーにも分かった。
ランガス相手でなければ、ミリーだってそう考えたと思う。
もしかしたらお別れする時が来るとしても、今のランガス様はとても優しくて、ミリーを大事にしてくれている。それくらいは自覚があった。
「…そうだとしても…、それでも…」
言葉にしようとして、何だか悲しくなってきた。
『もしかしたら別れる』時が来るかもしれないと、考えたからだ。
「市井の人間は市井の者と。コレが一番幸せだよ。ミリー、ちょっと冷静になりなよ」
静まり返った店内で、事の成り行きを皆が見ている。
しかしそんな事は気にならない。悲しい気持ちになっているミリーは今にも泣きそうだ。
ランガス様は必死に追いかけてくれて、何度も好きだと言ってくれた。あれは嘘じゃない。いつかなんて考えたくない。
「…ちょ…っちょっと!アミナ…ミリー泣かさないでよ…」
ハンナはオロオロしながら二人に声を掛ける。
話の内容から、ランガスの相手は実はミリーだったと理解したものの、アミナの剣幕に追求も出来ない。
「…ごめん、楽しくご飯食べるはずだったのに…。でも考えた方が良いよ。と言うか、別れた方が良い。本当に泣く前に。」
アミナの声のトーンが少し落ちる。席に座り、周りもヤレヤレ落ち着いたかと自分達の席の方を向いた。
しかしその時、ざわめきが店内を走った。
「…失礼、お嬢様方。店外まで通りの良い声が響いてましたよ?」
声を掛けてきた人物が、ミリーの横に立って頭を軽くポンポンと叩いた。
聞き覚えのある、素敵なバリトンボイス。耳に届くだけで魅了される。
「…お邪魔しても?」
「…ランガス様ぁ…」
しょぼんとしていたこのタイミングで現れるなんて、何て卑怯な真似を!!そう思いながらも、すっかり甘え癖のついているミリーはランガスの腹部に腕を巻き付け、縋り着いた。
「…女性の会話に入ってくるなんて、随分と無粋な真似をなさるんですね?お上品な貴族様とは思えませんね」
アミナは喧嘩腰に言う。
そしてその言葉は貴族に対して言って良い言葉でもなかった。
周りが青ざめる中、一番冷静だったのはランガスだった。
「これは手厳しい…。でも先程の貴方の言葉は、是非とも否定させてもらわなければならなくてね」
ミリーの頭を撫でながら、ランガスはアミナに笑いかける。
その余裕の笑顔が、アミナは気に食わなかった。
「申し訳ないが、私は何があろうと彼女を手放す気は無い。…後日…ゆっくり話の場を設けたいので、またご連絡をしましょう。」
そう言うと、ランガスはミリーを抱き上げた。
「…ちょっと!!」
予想外の出来事にアミナは声を掛けたが、ランガスは何処吹く風。
ミリーは反射的に、ランガスの首に腕を回す。習慣とは恐ろしい。無意識にそうしてしまった。
片腕でミリーを抱え上げたランガスは、頭を下げ、お辞儀する。
「今日の所は失礼する。泣いてる彼女を慰めるのは私の特権なのでね」
実はまだ泣いていなかったが、ランガスのその言葉でミリーはウルっとしてしまう。
我慢していた所に優しくされると泣いちゃうから止めてほしいと、内心思いつつされるがままになっている。
周りの目もあって、今更『下ろして』とも言えないのだ。恥ずかしい。
チラッとハンナを見ると、ちょっとキラキラした目でこちらを見ている。そして目が合うと、小さく手を振った。
ランガスは簡単に挨拶を済ますと、店内を歩く。
「楽しい食事の席を騒がして申し訳ない…これで、ご来客の皆様の分を…」
店の出入口の側にいた店員に、金貨の入った袋を渡す。
店員は袋の中身を確認し、慌て出す。
「…いや、あの多すぎませんか!?」
「構わないよ、また寄らせてもらうよ」
笑顔でランガスは言い、店員に小声で『迷惑料』も込みだからと言って店を出た。
成り行きを見ていたお客一同は、店外に出たランガスとミリーを確認してから一斉に喜んだ。1人を除いて。
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