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「なぁ、安西って渡貫と付き合ってるってホント?」 去年のゼミから一緒で、唯一オレに話しかけてくれた東野 大学に入学して、4回生になるまで誰一人として仲良くしてくれる奴はいなかった そんなオレに唯一普通に話し掛けてくれるのが、この東野だけだった… 「…付き合ってない」 講義中ではあるが、みんな各々好きなことをしている オレは真面目にノートを取るものの、さっきから眠くて仕方ない 理由は、昨晩の寝不足が原因なんだけど… そんなこと誰にも言えるわけがない… 「いや、付き合ってるだろ。あの渡貫がお前にはベッタリじゃん!なぁ、あんなタイプ違うのにどういう経由で付き合ったわけ?」 無視してるのに執拗に聞いてくる東野がウザい… しかも顔が近い ちょっ、頬をくっ付けんなよ 余りの近さにイライラしてしまい、文句の一つでも言ってやろうとした瞬間、急にバッと離れて姿勢良く座り直している いきなりのこと過ぎて不思議そうに東野を見ると、顔も青く、冷や汗を流していた 「ん?どった?」 さっきまで東野が見ていた方を見ると、海斗たちのグループがいた 今日はまだ真面目に講義を受けているらしい 珍しいこともあるもんだ… そんなコトを考えていると、不意に海斗と目が合ってしまった どこか嬉しそうに、優しく微笑んでヒラヒラと手を振ってくる オレに向かって手を振るのを、仲間内になんか言われたのか、なんか笑いながら耳打ちしている姿を見て胸がズキッと痛む いつものことのはずなのに、海斗が仲良く楽しげにしている姿をこれ以上見たくなくて無視するように視線を外した どうせ、目が合えば誰にでもしてる行為なのだろう オレだけが特別ってわけじゃない ただ、身体の相性がいいだけだ… 別に、付き合ってるわけでもないし… オレには関係ないはずなのに… 東野が静かになってくれたお陰で、後半の講義は真面目に聞くことが出来た というか、さっきの海斗たちの楽しげな顔を思い出したくなくて、無理矢理勉強の方に集中した ピコンッ 『なぁ、なんで無視すんの?』 届いたLINEに書かれた文字を確認だけして画面を消す 『ちぃ、なんか拗ねてる?』 『今日また行くから』 『あ、飯食いたいから作っといて』 『親子丼食いたい』 『あと玉ねぎの味噌汁も』 『ちぃ?』 『千鶴、何拗ねてんだ?』 連絡が入る度にスマホの画面が点灯して、送られてくるメッセージがポップする 自分勝手な我儘ばかりが並べられた言葉 アイツ、オレのこと家政婦かなんかだと思ってんのか…? なんでアイツの為に飯なんか作らなきゃいけないんだ… イライラしながらも、家の冷蔵庫に何の食材が残っているのかを思い出す 卵はある。鶏肉も、この前の休みに買ったのが残ってる。玉ねぎは…帰りに寄らなきゃ足りないな…。ついでに三つ葉も… あとは…… って、会いたくないのになんでアイツの我儘を聞いてんだろ… いつの間にか講義は終わっていて、東野は「じゃ、オレはバイト行くから!」と元気よく走り去って行った 何処か逃げるような足取りが気になるものの、オレと関わってくれる奴なんてほぼ居ないし、いつものことか…と教材を片付けていく 「はぁ……」 溜息を漏らしながら、帰路に着こうと荷物をロッカーに直しに行く 「ねぇ、また前はみたいに遊んでよぉ~」 ロッカーの影に隠れて、こんな時間から抱き合う男女が見える 男の首に腕を回して抱き着き、あからさまな猫撫で声を上げながら擦り寄っているのが何となくわかる 「海斗の好きな親子丼、また作ってあげるから♡あと、夜もいっぱいしてあげるし」 男も彼女の細い腰に手を回し、少し困った顔で微笑んでいるのがわかる 「ん~、そうだなぁ…」 今にもキス出来るんじゃないかってくらい、2人の顔は近くて、彼女をあの緑がかった綺麗な目が見つめていた 白金の髪を梳くように彼女が髪に触れるのを、手を握って制止している 絡み合う手と視線 ココはホテルかよ!ってツッコミを入れたくなる バサバサバサ、ガンッ つい持っていた教科書を落としてしまい、ついでにロッカーに足が当たって盛大な音を立ててしまう 彼女は驚きながらも気にした様子はなく、クスクス笑いながら 「あ~、見られちゃった。安西くん、シィ~」 ネイルの施され、整った爪が印象的な長くて細い指を唇に当てて、牽制してくる 「ねぇ、海斗…ココじゃ見られちゃうからホテル行こ?」 オレの事など気にした様子は一切なく、彼女は海斗に擦り寄っている 「わ、悪い…ってか、こんな所でイチャつくなよ…」 慌てて顔を背けるも、海斗の視線が痛い あからさまに不機嫌だと言うように、口をへの字にしてオレを睨んでいる 「んな睨むなよ…邪魔者はさっさと退散するって…」 再度溜息を漏らし、さっさとロッカーに荷物を直してそそくさと出て行く まだ二人は出て来る様子はない って、別に…アイツが誰と何をしていようがオレには関係ない 「んな、睨まなくったっていいだろ…」 さっきの海斗の視線を思い出し、胸の奥がズキズキと痛む こう言う場面に出くわすのは初めてでもないのに… むしろ、喜んだ方がいいはずなのに… アイツに新しい彼女が出来たなら、この関係も解消される アイツの我儘を聞いてやる義理もないし、部屋で煙草の匂いを嗅ぐこともなくなるし、自慰だって普通に…… 嬉しいはずなのに、胸が痛い どうでもいいはずなのに、頭がグルグルする あんな眼で、見なくてもいいだろ… いつもなら、熱っぽい目で見てくる癖に… 『ちぃ、可愛い…』 昨日も耳元で吐息混じりに囁かれた海斗の熱っぽい声を思い出してしまい、何故か目頭が熱くなるのを感じる 「オレには関係ない!アイツが誰と何をしてても、オレには…」 ロッカールームでの2人を思い出して胸がムカムカする 家に帰って来ても何もやる気が起きなくて、アイツには今会いたくなくて… 部屋着に着替え、家の鍵を掛けてから布団に潜り込んだ さっきから頭がガンガンして痛い 熱いはずなのに寒気もして、頭からシーツを被ってるのに手足が冷たくて震えが止まらない それなのに、変に顔は熱くて汗が出てくる 汗に濡れた服が肌に張り付いて気持ち悪い 水が欲しいのに、動きたくない 瞼が重たくて開きたくない 誰かの温もりを感じたいのに、そんなものはなくて… 小さく丸まって自分の身体を抱きしめるしかなかった 『寂しい』なんて…そんな気持ち、認めたくない
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