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港町の喧騒に揺られて
港町プリビエットでは、海鳥の鳴き声が春の訪れを告げる。見上げた先、まだ肌寒い色をした薄い青空の中、潮風に乗って揺れ落ちる白い羽根が、雪解けの季節と、祭り騒ぎの気配を人々に届ける。
帆を巻き上げる商船。並び立つ露店。喧騒。待ち草臥れた荷馬が空へと嘶いた。
海鳥は風に揺れる。雪は、しばらく降りそうにない。
「おいボサッとしてんな! とっとと動け!」
怒声が風に揺蕩う。騒ぎは、しばらく収まりそうにない。
「一番乗りのお客さんにはサービスするよ!」「あいよ、並んで並んでー!」「騒ぎに乗じて騙そうたッテうまくはいかないネ!!」
喧々諤々。誰も死なないような一日の始まり。そして。
「だーかーらー! 違うってーっ!」
周囲の雑言に比べて幾分も間延びした抗議の声が、露店通りの片隅に響き渡った。
「わたし、怪しい者じゃありませんからーっ!!」
敷石で整備された広間の一角。所狭しと開かれる露店の中、奥に船着き場を望める片隅の店の前にて、また、素っ頓狂な声が伸び上がる。
道行く人々が怪訝そうに声の方を眺め、少し距離をとって去っていく。唯一、露店の主だけが不機嫌さを顕に、声の方に──『彼女』の方に向き合っていた。
「はーいはい盗人は皆そう言うヨ。早くどっかいってほしいネ!」
白々しいほど鼻にかかる声。コケた頬にちょび髭を生やした痩せぎすの店主は勢い余って荷台を叩く。木製の棚に並べられた色とりどりの鉱石が竦んだ様に僅か浮き上がった。
「だから違うんだって! 詐欺師じゃなくって……」
そして対面、鉱石を覗き込むように木棚に乗りかかっていた『彼女』が、大声での返答を不意にすぼませる。頭部まで覆われた、パルカのような白のローブを身に纏う、人影のような少女は。
「……その、わたし、一応は魔術師なんだから」
イーミアは、声を潜めるようにして告げる。まるで顔を隠すように、フードを深くかぶり直しながら。
魔女、イーミア=ブレーメニィ。その名は、あまりにも広く知れ渡りすぎた悪名だった。もしも少女がその魔女当人だと露呈すれば、周囲の喧騒は、今程度のものでは済まないだろう。
今さら周囲の目を気にしたかのように、イーミアは俯く。少しだけ縮こまる。それは誰の目にも、後ろめたそうに見えただろう。そして。
真っ白なことを除けば、闇夜にでも溶け込みそうな、頭からつま先までを覆い隠す一張羅。それを目深に、目元を隠す、その仕草。結局、誰の目からも、素性をはぐらかしたように感じられただろう。つまり。
「あいあい分かったヨ不審者さん! いいからサッサと退いとくレ!」
せいぜいが不審者。誰が見てもそうだろう。そしてイーミアは返す言葉も見つけられないまま、周りの喧騒は風に揺れる。街は今日も日常そのものだ。
そして、また何か言い返そうと身を乗り出したイーミアの背後から、被り直したフードに向けて、手が伸びたみたいに。
風が一筋、吹き抜けた。それは、中に収めた髪を日差しの下に遊ばせるほどに。
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