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第1話
麻紀は自分をいたって平凡だと思っている。外見もそう。知力も運動神経もそう。朝は七時に起きて、淡々と電車に乗り、他の職員から特段虐められている訳でも人気がある訳でもない会社に行って、夜は七時頃に家に帰る、特筆すべき点のない暮らしを送っている。
だが、麻紀の人生には一つだけ、明るい光がある。それが、アゲルディという友人だ。
彼女は、橙色の髪に愛くるしい顔立ちをしていて、無邪気な少女で、職業はなんとアイドルだという。まださほど知名度が高くはないが熱心に活動し、ファンを喜ばせるために頑張っている。こんなに何もかもを持っているように見える彼女だが、何故か全然友達がいないという。
「お友達って大切だよね、麻紀ちゃん」
「うん、そう言われてるよね」
「私、お友達のためならどんなことでもしてあげたいって思うの。欲しいものはなんでもあげたい。それがお友達でしょ?」
と、事あるごとに目を輝かせながら言っていたアゲルディは、実際に非常に親切だった。連絡もマメで、かと言って催促はしてこない。麻紀が困っていると必ず飛んできて助けに来てくれた。お金も貸してくれるし、麻紀が少し熱を出せばタクシーでやって来て、そのまま病院まで付き添っててくれる。それに、アゲルディはいつも笑顔なのだ。ネガティブな考え方をしがちなだから、元気をもらえる。出会ってから一、二年は麻紀も仲良く過ごしていたのだった。こんなに良い友人はいないと、本気で思っていた。
しかし、段々と、アゲルディと深く付き合うにつれて、嫌なところが見えて来た。何分、アゲルディは少し、押しつけがましいところがあるのだ。何度も、「私たち友達だよね」と聞いて来たり、麻紀からのレスポンスが遅いと、怒りはしないが、寂しがったりする。麻紀も面倒になって、距離を取るようになった。
アゲルディは、人間関係には報連相が大事だよね、とは言うが、仕事でもないのに、いちいち今何しているのか、どこにいるのか教える必要を感じない。恐怖心をあおられるほどだ。
ある時、麻紀の家に麻紀の彼氏が来た。
麻紀の部屋には、壁にはカラフルなイラストや写真、ポスターなどが飾られ、床にはクッション、棚には本や雑誌が整理されて置かれている。机の上にあるノートパソコンは最新モデル。ベッドの枕元には小さなぬいぐるみが鎮座し、部屋のカーテンは明るい緑色だ。いつ彼が来ても良いようにして整えている。そのソファに座って寛いでいた時、偶然、アゲルディの話になった。
そこで、彼氏が言ったのだ。今日はエイプリルフールだから、なんか面白い嘘でも連絡してみたら、と。
麻紀も面白半分でアゲルディへメールを送ってみた。
「家の前の道にゾウが歩いてるの!」
「凄いね、麻紀ちゃん。私も麻紀ちゃんと一緒にゾウが見たい。今から麻紀ちゃんのおうちに行くね」
一気に、面倒だった気持ちが噴出した気がした。無邪気すぎて腹立たしい。
「彼氏がいるから来ないで」と送った。しかし、アゲルディは「私たち友達でしょ、行ってもいいよね。楽しいことは一緒にしよう」としつこく食い下がる。
「いい加減にしてよ。嘘を信じてバカみたい」
思わずそう、送信したら、返事が来なくなった。
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