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ーーー…
「あ……あのぉ、な、名取場?
大丈夫……?」
「ーーーはぁっ!!!」
(まずいまずい、あの思い出の日まで頭の中がタイムリープしてしまっていた……)
目の前の、不思議そうに少し不審そうに自分を見つめている千羽の姿に、意識を戻す。
(ああ、千羽くんーー…。
あの日、あの時、あんなにも衝撃的な出来事があったというのに。
その、無垢な瞳。
俺のことをまったく覚えてない無頓着さ。
その興味のなさがーー…
なんだかにくいよ、いや。
一周回って尊いよーーー…)
こんなにも、今でも鮮明に思い出せるほどに、名取場の頭の中には、あの日の素敵な千羽が焼き付いているというのに。
かたや千羽の方は“どこかで会った?”レベルの初対面状態。
記憶の片隅にすら置かれていない。
(たぶん、そうだろうなぁとは思っていたよ、千羽くん。
あの日の君の頭の中ーー…“なと”の2文字から続きを名乗ることすら許されなかった俺の姿は、保存されるどころか消去されてーー…
きみにとっちゃぁ俺なんて……
ただの補習受けに来た残念などこかのクラスの男だもんなーー…)
ずん…と卑屈になり俯くが、心配そうに自分を見つめ続ける千羽の視線に、はっとする。
早く答えを返さないと。
「い、いや。ち、千羽くん。
その、まあ実は……き、きみって有名人じゃない?まあ、それで、知ってて……」
なんとも他に理由が思いつかず、適当な嘘で凌ごうとしてしまう名取場。
まさか、
あの日あの時君に恋に落ちてそれからずっと胸の中に焼き付いて離れなくてずっと知ってました!!
ーーだなんて、言えるはずもなく。
「えっ?俺が有名??
何で?………え、まさか……。
ーーーーバカで有名………とか?」
千羽は“ガーン”と書かれた顔で、口を開けて青ざめる。
成績下位であることは自覚していたが、そんな、他クラスの生徒に知れ渡るほどに、悪名高いバカだとは…。
「えっ?い、いや、そ、そんなんじゃないよ!
千羽くん、本当に、あの……」
(やばいやばいやばい!勘違い甚だしい!
違うんだ、千羽くんーーー!)
今にも泣き出しそうな顔の千羽を見て、慌てて他の言い訳を探すが、思いつかずひたすらあたふたと慌てふためく名取場の態度に、
「い、いや、いいよ、フォローしてくれなくても……。
そ、そうなんだ……おれ、超情けないね…。
あはは……。
ーーうん、ごめん、俺、そろそろ帰るね。
家帰って、ちょっと、勉強がんばる……」
しゅんと耳を思い切り下まで垂れさせて、トボトボと教室を出ていく千羽。
(ま、待って千羽くん!勘違いだ!
ああどうしよう………ち、千羽くんーー!!)
「……………あの!千羽くんっ!」
思わず大声で引き止める。
自習室のドアに手をかけていた千羽は立ち止まりゆっくりと振り向くと、今にも泣き出しそうなうるうるとした瞳で名取場を見た。
「………………なに……?」
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