新居の検索、開始!

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新居の検索、開始!

 インターネットの検索画面を立ち上げる。先輩は椅子を持って来て隣に腰を下ろした。髪が揺れ、コンディショナーのいい匂いが舞う。未だにちょっとドキドキしてしまう。毎日嗅いでいるのにね。さて、と咳払いを一つした。 「賃貸ですか? それともいっそ、家を買っちゃいます?」 「コラコラ、三万円引きのノリと勢いで決めた引っ越しだぞ? 一生の買い物を気軽にしようとするんじゃない」  う、確かに仰る通りだ。 「では借りる方向で。場所はどの辺にしましょうか」 「此処の街自体は気に入っているんだよなぁ。駅まで徒歩十分で行けるし、スーパーもコンビニも近くにあるし、ちょっと足を伸ばせばショッピングモールにも行けるし。出る理由が無い」  先輩がまた変なことを言い出した。 「ちょっと。それなら引っ越しをする必要も無いじゃないですか」 「えー、しようよー。気分が変わるし、必然的に断捨離も出来る」 「引っ越しをしなくても捨てればいいのに」 「思い出の詰まった品は切っ掛けが無いと処分の踏ん切りがつかんのだ。と言うわけで、今と同じ駅を中心に徒歩十分圏内で調べてみよう」 「……三万円引きに惹かれて大損ぶっこきそうじゃないですか?」 「まあなぁ」 「準備や手続きも面倒臭いし」 「でもしたい」  先輩の主張に肩を竦める。好きなようにさせてあげたいという気持ちが一番強い。だから改めてマウスを握った。 「ええと、賃貸物件で最寄り駅は東秋野葉駅。駅から徒歩十分圏内で、二人暮らし、と。取り敢えず検索してみますね」  あっという間に結果が表示された。対象は千七百二十九件。おすすめ順に表示された。げ、と先輩が声を上げる。 「見ろよ田中君。最初の物件、月々の賃料が十六万円だと。高くね? 一人八万円も取られるのか」 「月八万円の家賃は痛いな……」 「私の方がお姉さんだから少し多めに出すとして、うん、無理。あはは」  先輩は時折、やたらと自分がお姉さんであると主張してくる。そして不思議なことに、何故かそう言われると懐かしいような、寂しいような、不思議な感覚に襲われる。大学の写真部で初めて出会ってから、ずっとそうだ。そういう不思議な縁もあったせいか、するりと交際をスタートさせた。そして俺が大学を卒業した直後に同棲を開始し、一年後に結婚をした。今、俺は社会人四年目、先輩は六年目。丁度、今住んでいるこの家は、二年更新の瀬戸際にある。  そして、そうか。肝心な要素を検索の条件に含めていなかった。 「先輩、家賃の上限を決めましょう。払えないものを検索結果に含める必要はありませんから」  俺の意見に、んだな、と先輩も頷く。 「あと、別に多めに出してくれなくていいですよ」  今は八万円の家賃の内、先輩が四万五千円、俺が三万五千円を払っている。社会人一年目の時は五万円と三万円だったのだが、一度目の更新の際に価格の見直しを行った。先輩は別にいいと言ってくれたが、奢られる側も若干肩身が狭いのだと主張し、結果、五千円だけ変動した。私がお姉さんだから多めに出す、と最後まで譲らなかったのだ。はたして、今回もまた先輩は同じ主張をするだろうか。んー、と先輩は腕組みをした。 「そうだなぁ。私の方がお姉さんだが」  やはり歴史は繰り返すのか? そう思ったけど。 「君も一人前の大人だし、家賃は対等に払おうかね」  その言葉は、はっきりと認められたようでとても嬉しかった。はいっ、としっかり返事をする。 「よしよし。大きくなったねぇ」  そうして頭を撫でられた。小さい子じゃないんだから、と思いつつ、どうにも身を任せてしまう。しばし甘い時を過ごしていたのだが。 「田中君よ。スクリーンセーバーが起動しているぜ。そろそろ物件探しを再開しよう」  はっと気付くと先輩の言う通り、幾何学模様が画面をうろついていた。すみません、とマウスを軽く動かす。再び表示された不動産サイトで、検索の詳細条件を開いた。 「んで? 家賃の上限はいくらにするよ」 「十万円ですかねぇ。五万円ずつで。お互い、月々一万円の負担増」 「ま、妥当だな」  よし、決定。賃料の上限は十万円。再検索をかけると、それでも四百六十件も表示された。うーむ、と先輩が唇を尖らせる。 「こんなに見るのは面倒臭い。いっそ条件をガッチガチに固めるか」  その言葉に、詳細条件の設定画面へまた移る。ええと、と先輩が身を乗り出した。
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