引越し

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「あら、お引っ越しですか?」 荷物を運ぶ手を止めて見ると、今までお隣に住んでいた方がいた。 「えぇ、ちょっと……」 あまり話したくないので曖昧に濁し、自然に見えるように視線を逸らすとまた荷物を運びはじめる。 背中に視線を感じるが、あえて気付かないフリをした。 「何かお手伝いでもしましょうか?」 「いやいや、大丈夫ですよー」 (いいからさっさと帰れよ!) 冗談じゃない。 荷物の中には、他の誰かに見られたくないアレやコレらだってあるのだから。 もちろん一見してわかるようにはしていないけれど、何があるかわからない。 なのでとっととこの場から離れてほしい。 それでも心の中の苛つきを少しも感じさせない、にこやかな笑顔で断る。 最後だからと浅慮で今までの印象を壊したりしない。 イイヒトだったと、そのまま時間とともに忘れてほしい。 「そう言えば、最近のニュース見ました?」 「……いやぁ、最近は引っ越しの準備で忙しくて、何かあったんですか?」 お隣さんの目が一瞬だけ、獲物を狙う獣のように見えた。 動揺を表に出さないよう努めて、返す。 「最近、不注意による事故が多いんですって」 「あぁ、以前からもありましたよね」 「えぇ、でも最近は本当に多くて……」 普通の会話のはずなのに、何故か緊張して背中にじっとりと汗をかくのがわかる。 「ついにね、お達しまで出たのよ」 「へぇ、どんな内容なんですか?」 「転生禁止」 その言葉を聞いた途端、ドクリと心臓が嫌な音をたてた。 「死ぬ運命じゃない人を不注意で死なせても、安易に自分の持つ別の世界へ転生もしくは転移させないこと」 「お互い、気をつけないといけませんね」 会話を終わらせて、逃げようとしたが思いの外強い力で腕を捕まれ失敗に終わる。 「もうね、わかってるんですよ」 「……」 「貴方もやったんでしょう」 荷物の中から言い逃れのできない、まさに自分が異世界転生させたという記録を抜き出された。 何ということだ。 すでにバレていたのだ。 私は観念して、自らの罪を告白するしかなかった。
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