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突いて入れるだけの遊び
足は肩幅に、右足引いて、左手ブリッジしっかり、右手は軽くして握り込まない、真ん中確認、まず浅く、で、深いストローク、いぃちにっさんっ、突いた直後キューが飛び抜けないように、グリップ、掴む!
「まっすぐド真ん中が出来れば、この店に来ているだいたいの人間に勝てるよ」
矢島は僕に教えてくれた。
だからバイトが終わったあと、台を借りて練習している。バイトがない日は、こうやって客として入る。で、ロングショットの100本ノック。
コーンという高い音、その中に球の重さ分の低い音が混ざる。
他の台からも、キン、という澄んだ音や、コツっというこもった音がたくさん聞こえてくる。
僕はこの優しい騒音が大好きだ。
「うまくなってきたね、ユキ」
「矢島さん。今日、残業だったの?」
彼はスーツ姿でいつの間にか横にいた。
ときどき、この姿で店に来る。内緒だけど、僕はこの姿が、すごく、好き。
「そう、今日はマジで疲れた。あっちぃし。ここ、冷房ガンガンで最高」
ネクタイを緩めてワイシャツの首元をグイグイと引っ張ると、僕を見て口だけで笑う。
ビリヤード台の近くには壁に沿って椅子と小さなテーブルがある。客はゲームをしながらお酒や軽食をとる。矢島は座ってピラフを食べた。
「俺、これ今日一回目のメシ。さすがに腹減ったわ」
「足りるの?」
「まあね、俺、燃費いいからさ」
ふふふ、とまた僕を見て、笑った。
「僕はね、すごく食べるよ。普通の倍は食べる」
「あら、見かけによらず、だな」
「まあね、僕、燃費悪いからさ」
「いいじゃん、育ち盛り。羨ましいわ」
あはは、と二人で笑った。
食べている矢島に見られながら、ロングショットの続きをやる。
前よりも安定してきた気がするな。
「ちょい、左、だな」
僕の腰に手がかかり少しだけ左に捻られる。
ん。
そぉゆの、やめろ。
かちっ
キュー先がブレて、かすっちゃう。
「急にやるから。びっくりするじゃんか」
「何だよ、フォーム、直してんだろ」
そうだけど。
「貸してみ」
僕のキューを持って、矢島が構える。
「ここ、な。お前の場合、腰が邪魔になって少しだけ肘が開いてっから。もうちょい入れて、キューの延長線上に、ね。したら、肘、支点にまっすぐ引く」
で、
っ!
ビタ、と白い手球が真ん中で止まっている。的球は一瞬で飛んでいき、音を立ててポケットに入る。
「はい、もーいっかい」
見返り美人の矢島が笑った。
くっ…そ、カッコよ。ばか。
「おい、ユキ。ぴょんぴょんすんな。まじめにやれ」
「はい」
肩幅、右足引いて、腰、注意。んで、左手ブリッジしっかり、右手軽く握って、肘支点。
っし!
「まぁまぁ。結構いいよ。ちょいそのまま」
矢島は球を戻して僕の左に立ち、指先で肩、腰、と、微調整をする。右肘を軽くつまむ。
近いんだよっもうっ
「このまま振れ。そう、この角度が正解だから。体で覚えろ。これで突いてみな」
肘をつままれたまんま、僕はド真ん中を突いた。
ビタ、と手球が止まった先で、的球はまっすぐに飛んでいき、バウンドも回転もなく、ズドンとポケットへ落ちていった。
「うしっ!」
矢島が小さくガッツポーズ。
僕は左手でハイタッチをして、どさくさに紛れてハグをした。
「こら、調子ん乗んな」
「ご褒美だよ、いいじゃん」
「ご褒美か、じゃ、しょうがねぇな」
矢島がちょっと照れていたから、僕は少しうれしくなった。
End
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