地獄の蟻

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地獄の蟻

もがいて、もがいて、もがいて、もがいて、やっと縁に手がかかった途端にまた崩れ落ちる。さらさらと堕ちる先には、その主が口を開けて待ち構えている。二度と戻れない青空を見上げて、事切れるその瞬間まで、滲む太陽を見ている。 さらさらさらさらさらさらさらさら 「蟻ってさ、外にいるやつ全部メスなんだよね。」 「らしいな。中にいるやつもみんなメスなんだろ?」 「ああ、働き蟻な。女王を世話するやつ、卵や幼虫を世話するやつ、で、外で餌とか集めたり、偵察とか、兵隊。すげえよな。」 「すご、蟻のメス。」 「しかもさ、兵隊蟻は年寄りほど外に出されて、リスクの高い最前線で天敵と戦うんだって。若いやつは女王とか卵とかの護衛なんかやるらしいぜ。若いやつが死ぬと、できるはずだった仕事ができなくなって、ほら、寿命がさ、で、巣が崩壊するから。」 「えぐ。虫ってシビアなんだな。まあ、これも、目の前にいたら助けてあげたいと思うけど、こっちのやつだって、幼虫なのに一人で一生懸命生きてんだもんな。」 「蟻地獄な、見た目怖いのに、まだ赤ん坊だからな。ま、見えねぇけどな、埋まってて」 「なあ、蟻のオスってなにしてんの?」 「オスね、何もしないってさ。邪魔にされて二、三ヶ月くらいしてから巣から出るんだって。」 「何もしないの?」 「うん、飯食ってるだけ。で、出たら結婚飛行っつって、飛んで、メスと交尾して、死ぬ。」 「それだけ?」 「それだけ」 「なんか、切ねぇな。」 「まあでも、交尾したあと、その女王蟻は十年とか二十年分くらい、そのオスの精子で卵を産み続けられるみたいだから、めちゃくちゃ役には立っているんだよね。」 「そっか。じゃあ無駄じゃないのか。何もしないのも、意味あるんだな。」 「そうだな、意味はあるし、結構重要な役割だな。」 「だとしたら、俺達って何なんだろうな。やっぱ間違ってんのかなって思っちゃうよ。俺、生きてる意味、あんのかな。」 「何いってんだよ。お前は蟻じゃないだろ。」 「そうだけど。」 「蟻もさ、誰の立場が幸せかなんてわかんねぇよ。女王だって、生涯一回の交尾で、死ぬまで卵を産み続けるんだ。蟻の寿命は長くても二年くらいなのに、女王は十倍とか二十倍生きる。」 「その間、産み続けるのか。」 「ああ、どこにも行けず、何もできず、ただ卵を産み続ける。働き蟻だって、巣のために、女王のために、一生交尾もせず卵も産まずに働いて死ぬ。」 「そうか。種の存続には重要だけど、それが幸せかなんて、わかんねぇんだな。」 「たぶん、どんな種に生まれても、同じだろ。うまれて、生きて、死ぬ。それだけ。ただ、俺達は思考できちゃうから、悩むだけだろ。」 「そうだな。俺は間違って生まれたと思ってたけど、それにも何か意味があるかもしれないな。」 「あるよ。少なくとも俺にはあったよ。お前が生まれてきてくれた意味が。」 「・・・何だよ。それ。」 「俺は、虫でも蛇でも獣でも、なんでもいい。お前を幸せにできるなら、なんでもいい」 「なんで泣いてんだよ、俺、人間だよ?」 「わかってるなら、間違ってるなんて言うなよ。俺達は間違ってないよ。だから、頼むよ、そばにいてよ。」 どこにも、行かないで・・・ ああ、約束する。 どこにも行かない。 ここにいるよ。 さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら End
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