21人が本棚に入れています
本棚に追加
地獄の蟻
もがいて、もがいて、もがいて、もがいて、やっと縁に手がかかった途端にまた崩れ落ちる。さらさらと堕ちる先には、その主が口を開けて待ち構えている。二度と戻れない青空を見上げて、事切れるその瞬間まで、滲む太陽を見ている。
さらさらさらさらさらさらさらさら
「蟻ってさ、外にいるやつ全部メスなんだよね。」
「らしいな。中にいるやつもみんなメスなんだろ?」
「ああ、働き蟻な。女王を世話するやつ、卵や幼虫を世話するやつ、で、外で餌とか集めたり、偵察とか、兵隊。すげえよな。」
「すご、蟻のメス。」
「しかもさ、兵隊蟻は年寄りほど外に出されて、リスクの高い最前線で天敵と戦うんだって。若いやつは女王とか卵とかの護衛なんかやるらしいぜ。若いやつが死ぬと、できるはずだった仕事ができなくなって、ほら、寿命がさ、で、巣が崩壊するから。」
「えぐ。虫ってシビアなんだな。まあ、これも、目の前にいたら助けてあげたいと思うけど、こっちのやつだって、幼虫なのに一人で一生懸命生きてんだもんな。」
「蟻地獄な、見た目怖いのに、まだ赤ん坊だからな。ま、見えねぇけどな、埋まってて」
「なあ、蟻のオスってなにしてんの?」
「オスね、何もしないってさ。邪魔にされて二、三ヶ月くらいしてから巣から出るんだって。」
「何もしないの?」
「うん、飯食ってるだけ。で、出たら結婚飛行っつって、飛んで、メスと交尾して、死ぬ。」
「それだけ?」
「それだけ」
「なんか、切ねぇな。」
「まあでも、交尾したあと、その女王蟻は十年とか二十年分くらい、そのオスの精子で卵を産み続けられるみたいだから、めちゃくちゃ役には立っているんだよね。」
「そっか。じゃあ無駄じゃないのか。何もしないのも、意味あるんだな。」
「そうだな、意味はあるし、結構重要な役割だな。」
「だとしたら、俺達って何なんだろうな。やっぱ間違ってんのかなって思っちゃうよ。俺、生きてる意味、あんのかな。」
「何いってんだよ。お前は蟻じゃないだろ。」
「そうだけど。」
「蟻もさ、誰の立場が幸せかなんてわかんねぇよ。女王だって、生涯一回の交尾で、死ぬまで卵を産み続けるんだ。蟻の寿命は長くても二年くらいなのに、女王は十倍とか二十倍生きる。」
「その間、産み続けるのか。」
「ああ、どこにも行けず、何もできず、ただ卵を産み続ける。働き蟻だって、巣のために、女王のために、一生交尾もせず卵も産まずに働いて死ぬ。」
「そうか。種の存続には重要だけど、それが幸せかなんて、わかんねぇんだな。」
「たぶん、どんな種に生まれても、同じだろ。うまれて、生きて、死ぬ。それだけ。ただ、俺達は思考できちゃうから、悩むだけだろ。」
「そうだな。俺は間違って生まれたと思ってたけど、それにも何か意味があるかもしれないな。」
「あるよ。少なくとも俺にはあったよ。お前が生まれてきてくれた意味が。」
「・・・何だよ。それ。」
「俺は、虫でも蛇でも獣でも、なんでもいい。お前を幸せにできるなら、なんでもいい」
「なんで泣いてんだよ、俺、人間だよ?」
「わかってるなら、間違ってるなんて言うなよ。俺達は間違ってないよ。だから、頼むよ、そばにいてよ。」
どこにも、行かないで・・・
ああ、約束する。
どこにも行かない。
ここにいるよ。
さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら
End
最初のコメントを投稿しよう!