重機

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重機

新校舎建立のため入学当時から校庭は工事中だった。もう出来上がってる。だけど俺達の学年は、新校舎にはついに入らずに終わった。 今まで、穴を掘ってるところとか、鉄骨とか、足場とか。古い校舎の窓から三年間見続けて、俺達は暮らしていた。さすがにちょっとさみしい気もするな。 窓際の一番後ろ、俺の席。 もう最後か、ここから見る景色も。 「前田くーん、おーい、まーえーだーくぅーん」 「なに?」 (つか、この女誰だっけ・・・) ぷるんぷるんしながら女が来た。 ぷるんぷるんし過ぎなんだよ、お前誰だよ。 「このあとさ、みんなでカラオケ行くんだけど、一緒に行こうよ。最後だからさ、ね。」 「あ、あぁ、カラオケ。俺、いいや。カラオケ、嫌い。」 「ええ・・・じゃあ、私もやめよっかな。前田くん行かないんなら、つまんないし。」 (出たよ、女。俺のせいにすんな。あ、思い出した、隣の女か) 「俺さ、約束あるから、今、人待ってんの。」 「え、うそ。彼女とか?」 「は?谷だけど。」 「なんだぁ、谷かぁ。」 「だから、もう、じゃあね。バイバイ。」 「ねえ、前田くんてさ、ジューキと仲いいの?」 ジューキ、あいつの、谷 勇樹のあだ名。 いっつも校庭にある重機を見てるから、勇樹のあだ名はジューキになった。 こいつか、つけたのは。 「なんか、変な子だったよね。あ、私は別にいいんだけど。皆がさ、言ってたよ。」 「なんて?」 「え?なんか、一人でブツブツ言っててやばいとか、ノートめっちゃ字書いてあるとか、髪の毛で顔半分隠れてるからさ、なんか、怖くない?って。私は、言ってないよ。皆がね。」 「あそ」 (ムカつく女だな。皆って誰だよ。) 「ねえ、いいじゃん、じゃあさ、私とさ、ふた、」 「名前、なんていうの?お前。」 木下の言葉を遮った前田は、面倒くさそうな顔をしていた。 「え、名前?私の名前?席、隣だったのに・・・木下だけど。木下みか。マジで?」 「木下、俺さ、あんま好きくねぇわ。お前のこと。」 「は?」 「お前だろ?あいつの悪口はじめに言ったやつ。」 「違うよ・・・ひどい。」 木下みかは涙を・・・ 「あ、そういうのいいから。俺に嘘ついてもバレちゃうよ。」 ガラガラ、と教室のドアがあいた。 「前田!ごめんな。終わったよ。やっぱすごいよ、油圧式は。問題は動力だなぁ・・・」 興奮気味で入ってきた谷を見て、前田の表情は一瞬で変わる。 「ロボ、できそ?」 木下に気づいた。 (嘘泣きしてやがる) 「うん、ね、なにしてんの?木下さんと。ん?」 「勇樹、いいの、この人は。帰ろうぜ。」 「だめだよ泣いてるよ。前田が泣かせたの?だめだよ、泣かせたら。」 「は?だってコイツはっ」 「こら。だーめ、謝りな。俺、そういうの嫌いだよ。」 「わかったよ。ごめんね木下。」 木下は呆然と、二人を眺めている。 「木下さん、なんか用だった?」 木下はもじもじと、二人を見ている。 「こいつさ、俺がカラオケいかないなら自分も行かねぇとか言ってたよ。二人でどっか行こうよみたいな空気だったよ。」 「は?!何いってんの?木下さん、ホント?」 「あ、うん。ずっと、前田くんのこと、気になってて、もう、卒業だし・・・」 谷は小さく舌打ちをした。 「で、前田、おまえなんて言ったの?」 「え、あんま、好きじゃないって、言った。」 「へえ、そう。あんまりってことはちょっとは好きなの?」 「え、まさか。俺は、勇樹だけ、だから・・・」 木下は口をあんぐりとあけた。 「だってさ。ごめんね、木下さん。」 「あ、は、はい。」 我に返った木下。 「前田、ちゃんと言わないと。このコ、そういうのわかんなそうだし。」 「うん。ごめん。」 谷は前田の腕をとって、木下を一瞥した。長い前髪が揺れて、チラリと瞳が見える。 そしてまた、小さく舌打ちをひとつ。 勝負、あり。 「ほら、行くよ。設計図、結構できたから、家で見せてあげる。」 「やったー、んふふふ。」 「あ、その前に三丁目の工事現場寄ってくれる?今日ラフテレーンクレーンが出てるから。鉄骨吊るの見てからね。」 「おお!クレーン車!マジ神!」 「吊り!最高!」 「油圧!最高!」 ぽつんと教室に残された木下は、遠くなる二人の会話をバックに、崩れ落ちる。 下校のチャイムが鳴る。 試合終了のゴングだ。 ご卒業、おめでとうございます。 End
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