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「三田村課長、モッツァレラ、魅力的ですね。」
「気に入っていただけたかな。ただ・・・」
「ただ?」
「あれを食べる時は、どうしても、切らなくては、いけないのだよ。」
「はい・・・」
「やはり、あの白い肌に、刃を入れるのは、つらい・・・」
「課長はお優しいから・・・。私は、むしろ、その瞬間が一番の、快感です。」
「君は、なんて顔を。誰かに見られたら、どうするんだ?」
「ご心配無く。あなたにしか、見られていませんよ。」
「ふふ。なぜ、切る瞬間がいいのだ?」
「刃を当てると、まず抵抗がありますね。ぐぐ、と、少し沈んでから、ぷつっ。ほら、表面が切れた瞬間、弾力で刃を、飲み込むんです。それが、とても・・・」
「なるほど。君のプレゼンはいつも魅力的だね、望月君。今回はこれまでで一番だ。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「みてごらん。切ってしまうと平らになる。しかもこのザラリとした切り口。僕はね、あの、艶っと、まるっとした肌が、この上なく好きなのだよ。」
「私としたことが、そんなことも気付かずにいたとは・・・情けない。なんとお詫びをしたら良いか。」
「いいんだ、望月君。これは僕の我儘だ。君がそんな顔をしたら、僕は・・・」
「三田村課長、少しお待ちいただけますか?」
「構わないが、いったいどうしたんだい?」
「少し、少しだけ、私に時間をください・・・っ」
「あ、望月君!ど、どこへ!」
あぁ、行ってしまった。
なぜあんな事を言ってしまったのだろうか、平らな面など、どうでもいいことなのに。それよりも、望月君、君がここにいないことのほうが、耐え難いというのに・・・
はやく、はやく戻ってきておくれ。もちづきくん・・・
「ハァハァ・・・お待たせ、しました・・・三田村課長・・・ハァ・・ハァ・・・」
「も、望月君!どこへ行っていたんだ。そんなに息を切らして、汗だくじゃないか・・・いったいどこに。」
「これを、はやく食べていただきたくて、つい、走ってしまいました。」
「こ、これは・・・」
「ぼ、ボッコンチーニ、です。」
「あぁ、これならばナイフを入れなくて済む。ひとくちで、食べられるね。」
「はい。艶々の、すべすべの、まるっとした、ナイフを入れなくても食べられる、ボッコンチーニ、です。」
「これをわざわざ僕のために?」
「んふふふ、急いで持ってまいりました。お待たせして申し訳ありません。」
「ああ、君ってやつは・・・望月君。」
「さあ、三田村課長。口を、お開けくださいまし。」
はい、あーん。
ぁむ。
End
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