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たべちゃう
ジングルベルは聞き飽きた。
毎年この時期には毎日ここで聞いている。もう3年だ。就活も始まったし、勉強の方も忙しくなったけど、年末は外せない。今日は休めない。
「加賀美君、目標は完売!こっから、シール貼ってもらっていい?」
社長は特設のワゴンをガラガラと出してきた。
「はーい。んじゃ、ここ全部貼っちゃいまーす。」
「よろしく~」
俺は今年もここでシールを貼る。12月25日の午後七時。チキンはいっせいに50%オフになった。
それまで俺のまわりには誰もいなかったが、シールをもってワゴンの前に行った途端、雪崩のように人が迫ってきた。まあ、雪崩なんて見たことはないんだけど。でもたぶんこんな感じでしょ。
負けるもんか。
雪崩と闘いながらチキンのパックを片っ端から50%オフにしてやった。ほら、全部買っていけ!俺の臨時ボーナスのために、全部買っていけ!
もみくちゃのワゴンの前、雪崩に飲み込まれそうな俺の腕をつかむものがある。グッと引っ張られて雪崩から飛び出した。
「加賀美君、大丈夫?!」
「しゃ、社長・・・助かったぁ。シール全部貼りましたよ。」
「今年もすごいねぇ。」
「そっすね、これ、旨いですもんね。昨日も今日もよく売れましたよ。半額んなったら、そりゃこうなりますね。」
「うちの自慢のチキンだからねぇ。加賀美君、食べたことあったの?」
「まあ、地元ですからね。ちっさい時から食べてますよ。」
「そうなの?ふふふ、そりゃ嬉しいこと・・・」
午後9時。
スーパーこまつ、閉店。
「いやぁ、今年もおつかれ様でした。加賀美君いつもありがとうね。」
「いえいえ、こちらこそ。バイトなのに臨時ボーナス出るんで、俺も助かります。」
「じゃあ、今年も、やりますか。時間だいじょうぶ?」
「今日は、クリスマスなんで。イブじゃないけど。もう、ぜんぜん。」
「実はね、今年はこれ、あるんだ。」
「あ、売れ残ったんですか?マジかぁ。油断したわ、すみません、残っちゃって。」
「ちがうよ。僕がね、取っておいたの。君のために。」
「え、なんで?」
「なんでって、小さい時から食べてるんでしょ?でも、ここでバイト始めてからは?」
「あ、まぁ、そうか。食べてないです。毎年ここにいるし。売り切れてるし。」
「だから、はい。メリークリスマス。全部たべて。あと、今年からお酒、飲めるんだね。はい、かんぱい。」
「しゃぁちょぉぉ」
俺はチキンのまるごとが大好きだ。順番に解体してきれいに骨だけ残して食べる。足を股関節からはずして、手羽も。胸を開いて削いで、割って、隅々まできれいに食べる。脂とタレでベトベトになった指をなめながら、スーパーこまつ自慢のチキンをまるごと堪能する。
その間、社長は頬杖をついてずっと見ていた。俺はチキンに集中しようとしたけど、どうしても視線に気がいってしまう。時々目が合うから、食べてる姿を見られるのがとても恥ずかしい。
ごまかすようにビールを飲んだら、喉が大きく鳴ってしまった。
「見ないで、そんなに。」
「見る。じっくり、見たい。」
「どうして?」
「おにく、食べてる姿がとても良いから。ねぇ、おいしい?」
「うん。おいしい。」
「僕もこの店継いでから、チキンは食べていないんだ。」
「継いでから何年ですか?」
「5年かな。大学出て二年間サラリーマンやって、すぐにここを継ぐことになって。で、5年。」
「俺がバイトで来たとき、まだ継いでちょっとの時だったんですね。めっちゃ大変そうでしたもんね。」
「そうだね。でも、加賀美君が助けてくれたから、頑張れたよ。」
「んふふ。社長、バイトに手ぇ出しちゃだめだよ。」
「あ、ずるいなぁ、君から来たんだぞ。僕は、ちゃんと大人だからさ。わきまえてたよ。」
「へぇ、そうだっけ?なんかすぐ落ちたっぽいけど。」
「こら、からかうな。」
「んふ。しゃちょ、ほら、チキン食べな。あーん。」
んあ、む。
ぁあ。
こら、指、食べちゃダメだよ。
あ。舐めちゃダメだってば。ぁは、あ。
加賀美くん、口の周り付いてるよ。ん。
しゃちょ、ん、はぁ。それ、んぁ、い、ぃ。
加賀美くん、おいし、ぁむ、あ、はぅ。
めり、くり。
End
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