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「俺、彼女ができたんだ」
春休み。中学生のクラスの仲の良いグループでボーリングに興じている際、不意に南雲くんが、そう言った。
わたしは、持っていたボーリングの玉を思わず落としかけてしまった。
「お前、今日、エイプリルフールだぞ。そんなわかりきった嘘、吐くなよな」
南雲くんの親友の雅くんが、笑いながら肩を組む。
「……それはどうかな?」
南雲くんがにやりと笑った。
しかし、雅くんは、笑いながら背中を思い切り叩いた。
「はいはい、わかったわかった」
「絶対、わかってないだろ!」
南雲くんは、ふざけ混じりに怒る。
そんな南雲くんを見て、わたしの心はひどく乱れた。おかげで、ただでさえうまくないボーリングで、ガーターを記録してしまった。
雅くんの反応から見て、南雲くんがエイプリルフールの嘘を吐いているのは間違いないだろう。
南雲くんなら、雅くんに真っ先に報告しているだろうから。みんながいる場で、突拍子もなく、いきなり発表をするタイプじゃない。
それは、わたしはよくわかっている。
だって、わたしは中学に入学してからずっと、ずーっと南雲くんを見てきたから。
……でも、本当の可能性だってゼロじゃない。
どうしても、その感情が出てきてしまう。この世の中に絶対なんてことは、ないから。
おかげで、わたしの心は乱れ、鼓動が早まり、まるで落ち着かない!
もしも、仮に、本当に南雲くんに彼女が出来ていたとしたら?
わたしは多分泣く。失恋の痛みで号泣するに違いない。もしかしたら、学校だってしばらく休んでしまうかもしれない。
……考えるだけで、もう哀しくなってきてしまった。
気が付けば、もう、次のわたしの番になっていた。
「頑張れ、美香!」
親友の真奈美ちゃんに応援を背に、ボーリングの球を構え、投げる。そして、またガーターを記録する。
「どんまいどんまい! 次だ次!」
南雲くんの応援に、わたしは両手をグーにして応える。それを見た南雲くんが、はにかんでくれる。
こんな些細なやり取りなのに、この瞬間だけでも、わたしだけを見てくれていると思うとそれだけで、胸は大きくドクンっと弾む。
わたしは顔が熱くなるのを、南雲くんに知られないようにしながら、自分の席に戻った。
「彼女がいるのに、他の女の子に応援していいのか?」
雅くんが悪戯な笑みを浮かべながら、南雲くんを煽る。余計な事、言わなくていいのに! と内心でちょっとだけ怒っておく。
「……え、あ、問題ない! 俺の彼女はそんなことで怒らないと、思う」
言いながら、視線が宙をふらふらと泳いでいた。少し、視線が合ったようにも思ったけど、気のせいだろう。
ちなみに、わたしが彼女だったら、後でわき腹を小突く。応援するな、とは言わないけど、ちょっと、嫉妬はする。
次は雅くんの番で、華麗にストライクを取っていた。みんなから歓声が上がる。特に女子からは黄色い歓声だ。
「雅、やっぱりボーリング上手いなあ」
真奈美ちゃんが、知ったような口ぶりで言う。
「へえ、ボーリング上手なんだ。知らなかった。真奈美ちゃんは、雅くんと南雲くんと小学校から一緒だから、何回かボーリング行ったことあるの?」
「まあ、そうだね。南雲が雅に負けたくないから! って練習に付き合わされたこともあるよ」
「……ふぅん」
わたしは少し拗ねた反応をしてしまった。それを見て、真奈美ちゃんは苦笑いをしていた。
「二人だけで行ったことはないよ。他に三人ぐらいいたよ」
「ふぅん」
二人で行くのも嫌だけど、そもそも、小学校時代の南雲くんを知らないわたしにとって、小学生の南雲くんとボーリングに行った、ということ自体が嫉妬の対象だ。
「それで、さっきの南雲の、彼女いる発言はどう思った?」
わたしは飲んでいたジュースを吐き出しそうになった。危ない危ない。
「急に、聞かないでよ!」
「いや、聞くでしょ、普通」
真奈美ちゃんは、わたしが、南雲くんのことを好きなことを知っている。まあ、聞くのが自然か……。
「まあ、わたしの見立てでは十中八九、嘘だと思うよ。エイプリルフールだしね。多分、雅も同じ考えだと思うよ」
「わたしも、そう思ってる。だけど、だけどね、もしかしたらって思う気持ちが収まらないの」
不安になる気持ちが止まらない、という言葉は呑み込んだ。
「だったら、本人に確認してみたらいいんじゃない?」
「そんなこと、できないよ……。多分、わたしは態度に出ちゃうから。彼女がいないで欲しいっていう気持ちが溢れ出ちゃうから。それは告白してるも同然だよ」
雅くんや真奈美ちゃんなら、ふざけ半分で聞けるだろう。でも、わたしは違う。だから聞けない。
「なら、告白しちゃえばいいじゃん」
「……え?」
真奈美ちゃんからの突拍子もない提案だった。真奈美ちゃんの焦点は、倒れたボーリングのピンに合っていた。
「告白、したらどう?」
「そ、それは……」
難易度が高すぎる!
頭の中がぐるぐると回り始める。告白はどうすればいいのか。告白はどこがいいのか。告白してフラれたらどうしようとか。
告白してフラれたらどうしようとか。
告白してフラれたら……。
涙が双眸にじんわりと浮かぶ。
「……フラれたらどうしよう」
真奈美ちゃんはその言葉に何も言わなかった。ただ、ボーリングのピンを見つめている。
しばらくして、真奈美ちゃんが口を開いた。
「告白しなければ、ずっとこの状態だ続くよ。南雲が誰を好きだとか、誰に告白した、されたとか、そういった噂にずっと踊らされ続けるよ」
真奈美ちゃんの言うことは最もだ。
「告白の成功の可否は知らない。それを決めるのは南雲だからね。だけど、少なくとも今の状況からの進展はある。告白されれば、その人を見る目は変わるから。そして、何より覚悟が決まる」
「覚悟が、決まる?」
「告白した以上、噂を気にするよりも、自分を見て欲しいってアピールすることに専念できるようになるはずだから。だって、もうその宣言を告白でしてしまうわけだからね」
真奈美ちゃんは立ち上がり、ボーリングの球を持ち、ピンに向かって投げた。
洗練されたフォームから繰り出されたボーリングの球は、ピンを全て弾け飛ばした。
みんなからハイタッチを求められ、それに笑顔で応じる。カッコイイなあ、と見惚れてしまう。
「美香、覚悟を決める時じゃないかな」
座るなり、真奈美ちゃんは遠くを見ながら言う。
わたしは逡巡する。でも、この時間は無駄だということもわかっていた。結論はもう出ているのだから。
「わたし……告白する。たとえ、彼女がいたとしても、わたしの想いを伝えるよ!」
両手が震える。怖い、という感情が体を浸食するのがわかる。心が逃げ出したいと、鼓動を早める。
だけど、決めた。わたしは、南雲くんに告白する。自分の気持ちを、一直線に伝えるんだ!
「……告白するなら、明日かな」
「明日?」
「今日はエイプリルフールだからね」
嘘と取られかねないってことか。逆に言うと、今日なら、フラれても嘘だと逃げることができる、とも言える。
わたしは頭を振った。
それじゃダメだ。わたしは南雲くんのことが本当に好きだ。大好きだ!
逃げ道を用意して告白するようじゃ、本気で好きって気持ちが伝わるはずがない!
「うん、わたしは明日、告白するよ」
「……頑張れ、美香」
真奈美ちゃんは天井を見上げ、下唇をなぜか噛み締めていた。そして、その後、わたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
「……応援、してる」
震える声で、わたしにエールを送ってくれた。それが何よりうれしかった。
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