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彼女の想い
ある日の夕方。
私は窓に手を触れて外を眺めていた。
外は薄暗い雲に覆われて大雨が降っている。
彼が心配で思わずポツリと零した。
「ニコル様、大丈夫かしら…」
ニコラ様は商談があると言って今朝から屋敷を開けている。
彼とお茶をしたあの日から彼との関係はほんの少しだけ変わった気がした。
今までは素っ気ない態度を取られていたが顔を合わせる度、彼は私を気にかけてくれているようだった。
相変わらず口は悪いがそこに優しさがある。
私はそれを知る度にニコラ様に近づけた気がして嬉しかった。
でも、これは恋ではなく仮初の家族としてだけど少しだけ心を許してくれたのかもしれない。
そんな気がした。
「旦那様!しっかりして下さい!!」
玄関の方からジンの焦った声を聞いた私は急いで玄関の方へと駆け出した。
玄関に辿り着くと、ずぶ濡れで今にも倒れそうなニコラ様の姿があった。
私はニコラ様に慌てて近寄った。
「ニコラ様、大丈夫ですか!」
良く見ると彼の顔は熱で赤くなっており、身体もフラフラしている。
最近の彼は仕事続きでろくに寝ておらず、この大雨に打たれてしまい、風邪をひいてしまったのかもしれない。
「失礼します」
私は彼の額に手を当てる。
「凄い熱…。ジン、ニコラ様を部屋まで運ぶのを手伝って下さい。早くお医者様を呼ばないと…!」
「こんなもの大したことはない。まだ仕事が残ってるんだ。余計なことをするな」
ニコラ様は私を押しのけてその場から歩き出そうとしたが、高熱のせいでニコラ様の身体がグラリと傾き、私の肩に寄りかかった。
「ニコラ様…!」
彼の顔を見ると息を切らし、気を失いかけていた。
私はジンと慌ててやって来たアリスに支持を出した。
「ジン、ニコラ様を部屋に!アリスはお医者様を呼んで来て下さい!」
「わかりました!」
私はジンと共にニコラ様を部屋に運んだ。
暫くして。
お医者様が訪れた後、ニコラ様の診断をして帰って行った。
お医者様の見立てでは過労と風邪での高熱とのことだった。
私は高熱で苦しむニコラ様の看病をする。
アネモネが侍女の仕事だからと言って私の代わりに看病を申し出てくれたけれど、気持ちだけ受け取って丁重に断った。
(苦しそう…。大丈夫かしら……)
ニコラ様の額に滲む汗を私はタオルで拭き取り、水おけに別のタオルを濡らして、絞り、彼の額を冷やした。
「熱が下がると良いんだけど…」
私はニコラ様のことを頬っては置けなかった。
幼い頃、母親が亡くなってから病気をした時はいつも私は一人だった。
辛くて、寂しくて、孤独で。
涙がこぼれ落ちた。
お母様が生きていたら、こんな時優しく頭を撫でてくれるのに。
あの家族が私にしたことは何も無い。
父親は私が幼くして屋敷の中で亡くなってしまえば、あらゆる噂を社交界でされてしまうことを恐れて命の危機に瀕した時だけ医者を呼び、僅かな食事を与えた。
ただそれだけ。
そこに親としての温かさなんて微塵もない。
ニコラ様に対して同情か愛情がなんて分からない。
ただ願わくば私を受け入れてくれた彼が元気になって欲しい。
それだけだった。
私は病気が治るように願いを込めながら看病を続けた。
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