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旦那様となる方
セントシスの辺境地の奥にある一際豪華で大きな屋敷。
私はセントシス領地の領主であるアルジャーノ家の屋敷の前にたどり着いた。
ここに私の夫となる方がいる。
どうしてアルジャーノ様がビクトリアス家の娘を妻に望んだのかわからない。
だけど私はあの家を捨ててきた。
だからもう帰る場所なんてない。
帰りたいとも思わない。
ここでやっていくしかない。
決意を胸に私はドアをノックした。
コンコン。
「はい」
ドアが開き、出てきたのは私と同じ歳頃の黒髪を後ろで三つ編みに纏めた明るそうな侍女だった。
「突然、失礼致します。本日からニコラ·アルジャーノ様に嫁がせて頂きます。セシリア·ビクトリアスと申します」
「名乗らずに申し訳ございません。私、ここで侍女を努めさせて頂いております。アネモネです。どうぞ宜しくお願い致します」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「あの…奥様……。もしかしてここまで歩いて来られたのですか?」
アネモネは私の靴を見て、私が馬車ではなく歩いてきたことに気づくとあわわっと青い顔をして頭を下げた。
「申し訳ございません。貴族令嬢である奥様をここまで歩かせてしまいまして!大変失礼致しました。罰ならお受け致します。本当に申し訳ございません」
「いえ。大丈夫ですよ。私歩くのは好きなんです。ここに来るまで色んな景色を見て楽しかったです」
申し訳なさそうに謝る侍女に私は小さく笑って答える。
彼女に答えたのは嘘では無い。
元々私は歩きながら景色や道端に咲いている何気ない花を眺めるのが好きだ。
ビクトリアス家からアルジャーノ屋敷までのかなりの距離はあるが休憩しながら行けば問題はない。
「奥様はお優しいのですね。侍女の私にそのような言葉を掛けて下さるなんて。さぁ、こちらに旦那様がお待ちです」
「ありがとうございます」
私は侍女に従い、屋敷の中に足を踏み入れた。
屋敷の中は豪華で広い。
ビクトリアス家もそれなりに大きな屋敷だが、
アルジャーノ家は比べ物にならない気品さが滲み出ていた。
塵一つない行き届いた建物の美しさ。
豪華な調度品の数々。
さすが公爵家だ。
「ここです」
考えている間に気づいたら執務室の前に立っていた。
ここに私の結婚相手がいる。
私は緊張した面持ちで胸の前で手を握りしめた。
コンコン。
「旦那様 ビクトリアス様が到着されました」
「入れ」
言葉に従い、私は侍女に案内されるがまま「失礼します」と言う言葉と共に部屋の中へと入る。
部屋に入った瞬間。
彼と初めて目があった。
目元がスっとした切れ目。
美しい銀髪にら肌が白く、誰もが思わず見惚れる程の端正で整った顔立ちだが、どこか氷のような冷たい印象を与える。
そんな人だった。
彼は私を一瞥したあと、私から目を逸らして後ろにいる侍女に告げる。
「彼女と二人だけで話がしたい」
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