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「ねぇ、まーくん。ただテレビ観てないでさ、お箸くらい並べてよ」
苛立った声にハッとする。立ち上がってキッチンへ向かうと「持って行け」とばかりに、黙って箸や醤油を渡された。
もちろんそれで終わりではなく、妻の無言の圧力が俺を動かし続けた。
――あぁ〜、朝からテンション下がるわ。昨夜遅かったし…この雰囲気も相まって食欲が湧かない。
「…悪い、これ夜に食べるわ」
出された朝食を半分以上残して、俺は席を立った。
残したおかずは、そのままラップをかけて冷蔵庫に仕舞った。キッチンから振り向きざまに妻を見ると、何も言わずにテレビを見つめ、ご飯を口に運んでいる。悲しさも怒りも、その表情からは読み取れなかった。
――そんなに怒る? 飲み会は普段から割と多いし、いつもはあそこまで不機嫌でもなかったのにな…。
部屋に戻り、頭をモヤモヤさせながらスマホのアプリを開いた。何となく妻からのメッセージを遡る。
『この日は早く帰って来てね。あのタイミングだから』
――思い出した。そうだ、結婚3年目…真剣に妊活をすると彼女が言い出して、妊娠しやすい日にちを毎月伝えられていた。……それが昨日だった。
今思えば、数日前から夜の営みをそれとなく誘われていたのに、俺は残業や少し気になる程度の体調不良を理由に断っていた。
「…やべぇ」
妊活宣言されてから、まるで義務のようになった行為に俺はどんどん萎えていった。断る回数も自然と増えてしまった。「今日だよ」と言われると妙に緊張してダメなんだ。
気がつけば出勤の時間だ。俺は急いでスーツに着替えると、片付けをしている彼女に「行ってくる」とだけ声をかけて玄関を出た。
……「いってらっしゃい」はなかった。
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